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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
下町風情
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    お盆が過ぎて、日暮れが早くなった。

    時折涼しい風が吹き、トンボをみかけたりすると、

    「そうか、もう秋なんだ」と思う。

    「北海道は、お盆を過ぎたら、秋風が吹く」と昔から

    よく言われていた。

    それにしても、宿の方は、毎日まだまだお客さんでぎっしりだ。

    私と息子はへろへろになっている。

    雨の後などで、いつもより涼しいとき、

    本州からのお客さんが、「このストーブ、使えるんですか」

    なんていうので、「そりゃぁ使えますけど、北海道の人だって、

    さすがに8月にはストーブは使いませんよ」といった。

    本州から来て、10℃も低いと、ストーブつけようってことに

    なるのかな。

     

    2か月ぐらい前に、下町の実家に引っ越してきたが、

    自宅で寝たのは数回しかない。たまに家に帰ると、

    民宿に泊まる気分になる。

    かもめやからはだいぶ近くなったが、子供時代を過ごした

    このあたりは、ひっそりとしている。

    昔、町内を仕切っていたおじさん、おばさんたちは、

    すでに亡くなっていて、

    寂しさを慰めてくれるのは、通りに面した家々が、

    軒下に色とりどりの花を植えた植木鉢をを並べていることだ、。

    坂の上に住んでいたときは、庭のある家が多く、

    植木屋さんがよく手入れをしているのを見かけたが、

    町なかでは、そんな場所もなく、

    それでも人々は狭い場所に上手に草花を植えている。

    母は毎年ベランダに朝顔の大きな花を咲かせ、

    80過ぎたある年、「この花をいつまで見られるのかなぁ」

    としみじみ言ったことがある。

    そんな母は、翌年施設に入り、すぐに何もできなくなってしまった。

    朝顔を見ると、いつもこのことを思い出す。

     

    かもめやも、今年で開業10年を迎えた。

    全国からたくさんのお客さんが来てくれ、

    親戚みたいになった人もいる。

     

    私はこの仕事を通して、少しは成長しただろうか。

    自分としては、これといった成長は自覚できないが、

    店先を少しでも明るくしようと、それまでやったこともない

    ガーデニングをするようになった。

    少しずつ草花の性質を覚え、試行錯誤の末、

    丈夫な花をなんとかきれいに咲かせることが

    できるようになった。

    自分の中では、これが一番の成果かもしれない。

    そして、犬まで飼って…

    動物、植物、生き物の世話は、これでいいということがない。

    そして、自分の成長もまた、これでいいということがない。

     

    話は変わるが、世阿弥の言葉に「時分の花」、「まことの花」

    というのがある。

    「時分の花」は、若いときの美しさは一過性もの。

    修業を積んでいくうちに、中味のある本当に美しい「まことの花」が咲く。

    老木も、葉が落ちて枯れていっても、小さな花が残るというものだ。

    さぁて、「どっこいしょ」、まことの花を咲かせるために、

    今日も重い腰をあげることにしよう。

     

    かもめや近所の朝顔

    軒先園芸が心をなごませてくれる

     

    下町の古い建物を生かした店

     かもめやもささやかに花を咲かせている。なみだぐましい努力

     

    | - | 09:27 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    「夏の思い出に、廃線を歩く」
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      あ〜ぁやんなっちゃった、あ〜驚いた

       

      ほんとにほんとに、今はこんな心境だ。

      数日前、ほぼ1か月ぶりに長いブログを書いた。

      やれやれ、と思って保存しようと、ちょとマウスをさわったら、

      あらら、ぜ〜んぶ消えてしまった。

      この悔しいことったら…。

      宿も繁忙期に入り、忙しくてへとへとで、

      なかなかブログが書けなかった。

      一念発起してあれこれ書いたのに、

      一瞬にして水の泡。

      パソコンは文明の利器でなくて、文明の凶器だ。

      しばらく落ち込んで、なんも書く気が起こらなかったが、

      思い直して、また書き始める。

      このあとも、なぜか、何回も書いては消え、書いては消えして、

      すっかりやる気が失せた。

      こんなことぐらいでめげていたら、災害に遭って途方に暮れている人は、

      どうやって立ち直ったらいいのか。

      そんなことを考えてしまった。

       

      まず先に書いておくことは、

      7月はじめの日本経済新聞で、「夏の思い出に廃線を歩く」という

      特集があり、小樽の手宮線跡が、人気日本一になった。

      わが宿の裏あたりが、その中でも一番いい場所だ。

      早朝に線路跡を歩くと、ほんとうにすがすがしい。

      どんなに疲れていても、落ち込んでいても、

      ここを歩くと、自分を取り巻く重く汚れた空気が

      一掃される。

      「重く汚れた空気」というのは、

      そう、自分の吐いた毒、といってもいいのかな。

      人のせいにするのはやめるとして…。

      とにかく、静かにゆっくりと本来の自分に戻ることができる。

       

      ちなみに、人気2位は、高千穂鉄道(宮崎県高千穂町),

      3位 同和鉱業片上鉄道(岡山県美咲町)

      4位 横浜港貨物線

      5位 JR信越本線(碓氷線)

      6位 神岡鉄道神岡線(岐阜県飛騨市)

      7位 国鉄宮原線(大分県九重町・熊本県小国町)

      と、まだまだ続く。

       

      日頃の忙しさやストレスで、自分を失いつつあると

      感じている人は、わが宿の裏の線路跡遊歩道で、

      自分を取り戻して。

       

      この前はこの後たくさん書いたのだが、

      また消えちゃうといけないので、今日はここでやめておこう。

       

      旧手宮駅から、小樽駅方向を臨む

      前方の小高い緑が手宮公園

      レンガの煙突がノスタルジックな風景

       

      息子が写真を入れてくれるので、文章公開と時間差ができてしまう

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 07:24 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
      マルコの里帰り
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         わが家に、近郊の牧場で生まれたビーグル犬が来てから9か月になる。

        この犬と人間が共生するのには、凄まじい戦いがあった。

        今もそれが続いている。

        人間の赤ん坊を育てるのは、もっと大変だが、

        動物には人間と違う習性があり、飼い主の言うことがわかるのか

        わからないのかがわからないので、

        こちらは、少しはわかるのだ、という想定のもとで

        しつけをすることになる。

         

        ビーグル犬は、それほど大きくない体に、ものすごいパワーを

        秘めている。

        1日のパワーを使い切らないことには納得せず

        暴れるので、犬のパワーを出し切るまで運動させることが必要だ。

        おかげで、息子は1日4〜5km散歩させることになり、

        彼自身もかなり丈夫になった。

        スポーツジムなどに行くより、ずっと効果がある。

         

        このマルコが1歳になったので、生まれ故郷の牧場に連れて行って、

        両親と、お世話になったスタッフに会わせようと思った。

        ある晴れた日の午後、牧場を訪れた。

         

         実は、父親らしき犬は見ていたが、母犬には会ったことがない。

        マルコを連れてくるとき、名残惜しそうに世話をしてくれた

        牧場の場長さんに、ぜひとも会わせたいと思っていた。

        丸太のレストランの入り口で、いつもソーセージを焼いている

        物静かな男の人がいる。

        その人がいるはずと思っていると、なんとそこには、

        若いアメリカ人の男性が、慣れない手つきでソーセージを焼いていた。

        私は、場長さんの名前を言って「その人いますか?」というと、

        わからない様子。

        息子が英語で聞くと、自分は、ここへ来てから1週間しかたっていなくて

        その場長は、洞爺湖のほうへ異動になったらしいというのである。

        そして、事務所のスタッフは、すべてアメリカ人になっていた。

        この牧場は、アメリカのアリゾナの牧場と親しい関係にあると聞いていた。

        「え〜っ、あんなにかわいがってくれた場長さん、いないの?」

        と、がっかり。

         

        そこに、黒と茶の年上のビーグル犬が放し飼いになっていて、

        お客さんが食べているソフトクリームをねだっていた。

        「あの犬、名前はマルっていうんだ」とアメリカ人のスタッフ。

        こちらはマルコを連れていって、

        「この犬は、ここで生まれたんですよ」

        というと、びっくりした様子。

        「名前は?」と聞かれ、「マルコっていうの」

        というと、アメリカ人は「えーっ、グウゼン?」という。

        私たちは、たどたどしい日本語を話すアメリカ人の口から「グウゼン」

        という言葉が出てきたことに驚いた。

         

        「マルコは、1年前に生まれたんだけど、お母さんを

        見たことがないの。ここにメスのビーグルはいますか?」

        と聞くと、「いないねぇ、そういえば、去年の秋に、メスの

        犬が死んだと聞いたよ」と、アメリカ人はいう。

        そして、いつも外につながれていた父親もいなかった。

        マルコが生まれたときにいた両親も、牧場の場長さんや

        日本人スタッフはだれもいなくなっていた。

         

        マルコが生まれたときに入っていたわらを敷かれた柵の中に

        たくさんの小さなウサギがいて、

        その中に、1匹の4〜5歳のビーグル犬がいた。

        マルコを柵越しに近づけたが、どちらもあまり

        うれしそうでもない。

        この犬も、マルコの何代か前の兄弟かもしれないのに。

        それにしても、ビーグル犬は、ウサギ狩りをする犬だと聞いたのに、

        獲物がたくさんいる柵の中に犬を入れておくのも

        どうなんだろうと思う。

         

        マルコはわが家に来てからというもの、

        息子といつも一緒にいるので、

        ちょっとでも彼がいないと、クンクン、ワンワンいって大変だ。

        この飼い主とは、親兄弟以上の関係だ。

         

        故郷に帰ってみたら、父も母もいなかった。

        いたのは、親戚か、何代か前の兄弟が2頭。

        「あんまり親しみを感じないなぁ」これは、マルコの感想だ。

        ちょっと寂しく「かわいそうだなぁ」と飼い主の私たち。

         

        そこで思ったことは、人間も、生みの親より、育ての親の方が

        何倍も大切な存在だということだ。

        共に暮らす、あるいは育てることにこそ意義がある。

         

        別の言い方では、遠い親戚より、近い他人。

        マルコからすると、「遠い親戚犬より、近い飼い主」ということか。

        「マルコ、おまえに実家はないのだよ」…

         

        かわいい馬がお出迎え

        親戚の年上ビーグルにマルコが話しかけても、そっけない様子

        ウサギの柵にいる兄弟らしきビーグル

         

        おとなしいアルパカ

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        | - | 08:14 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
        ヤドカリの引っ越し
        0

          北海道は花の季節を迎えた。

          ライラック、スズラン、アカシア、そしてぼたん。

          坂の上のわが家の荒れ放題の庭にも、マーガレットや山吹が勝手に咲いている。

          雪に閉ざされた過酷な季節の重みが、まだ心の中で

          切り替わらないうちに、自然は足早に夏に向かっている。

           

           冬から春に向けて、ヤドカリが殻を脱ぎ捨て、別の殻に入るような感じで

          自宅の引っ越しをしていたが、

          なんとか移住を終えることができた。

          といっても、年を取ってからの住まいの移動は命がけである。

          私の場合は、自分が育った町なかの実家に戻ることなのだが、

          すでに両親は他界していて、家はカラ。

          そこへ移り住むだけなのに、ヤドカリは、道の途中で

          干からびて死んでしまいそうなのだ。

           

          長年ため込んだ生活用品を相当処分したが、

          それでもなんだか荷物が多い。

          思い出の中の子供時代の家は、今より狭く、

          家族も多かった。

          それなのに、そんなに荷物はなかったような気がする。

          自分は今もぜいたく品は持っていないと思うのだが、

          それにしても物が多い。

          これは、個人的な問題だけではなく、

          戦後の日本の経済成長がどれほどのものだったかを

          物語ってもいるのではないかと思える。

          引っ越し先のダンボールの山の中で、

          今度こそ、何も持たない生活をしようと心に誓った。

          それにしても、この荷物の山は、いつ平坦になるのか…

           

           個人的な引っ越しのさなかにも、遠方からいろいろなお客さんが

          かもめやを訪れた。

          この間は、去年男性2人で、車にカヤックを積んで

          知床のほうを旅してきた年配男性のお客さんが、今年は1人、

          昨年の忘れ物を取りに、奥さんと立ち寄った。


          前年のブログに、「命知らずのお客」なんていうタイトルをつけて、

          2人の男性の危険な旅のことを書いた。

          知床のほうでクマに遭ったり、湖で、強風のなかカヤックに乗り、

          命からがら岸にたどりついた、とかいう話だ。

          この人は、ニューヨークの貿易センタービルのテロのときは、

          そこへいくはずだったのに、

          飛行機が遅れて、事故を免れたとか。

          「僕は運がいいんですよ」とその男性は昨年も言った。

          同じセリフを、今年も口にした。

          私は、同行の奥さんに、「こんなに危ないことをするご主人、

          心配じゃないですか?」と聞いた。

          すると、奥さんは「う〜ん、そんなに…。本人が楽しければ

          いいんじゃないかと…」

          そうか、この年代になると、夫婦もクールになるのかな、

          と私は密かに思う。

          彼女は続けて「私は、予知能力があるのかな、なんとなく

          この人は大丈夫と思えるんですよ」といった。

           

          「うちは静岡で、近くにお茶畑があるんですが、ある晩、

          飲み会があって、主人の帰りが遅くなったとき、私は寝ていたんです。

          すると、夢の中で、主人が近道をして、お茶畑の中を走っているんですが、

          誰かに追いかけられて、傷だらけになって逃げているんです。

          しばらくすると、主人が帰ってきた。そうすると、今、夢で見た

          その通りのことが起こっていたんですって。ほんとうに、傷だらけ

          になって、お茶畑の中を逃げてきたんですよ」

          ……… 淡々と語る奥さん。

          「きゃぁ〜〜」

          あくまでも奥さんは落ち着いている。

          「そうか、わかった!、ご主人の運は、奥さんがすべて

          握っているんだ。奥さんの運が、すべてご主人にいっているんですよ」

          と私は断定した。

          ご主人は、私の言葉に納得したような顔をした。

          「奥さんがいる限り、ご主人は大丈夫!」

          と、私は力強く言った。

           

          「また来ます」

          ご主人は、奥さんと手をつないで、店の前の道路を渡り、

          駐車場の車のほうへ駆けて行った。

           

          手宮線跡の駅があったところ、旧日本郵船の裏側の石塀の中に

          桐の花が咲いていた

          手宮駅の線路沿いの古い建物。早朝や夕方の散歩は格別だ

          線路脇に、天に向かって突き出た岩がある。この岩は昔、

          友達の家の庭の端にあった

          かもめやの裏の石造りの建物に、今年も新緑のツタが這い出した

           

           

           

           

           

           

          | - | 07:05 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
          季節は移ろい、人は古びる
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            季節の変わり目、北国の気温変化に体を慣らすのに難渋しているうちに、

            ゴールデンウイークを迎えた。

            体の変化。

            たとえていえば、血液が冬仕様でゆっくり流れているのが、

            春になって、本来流れがはやまらなければいけないのに、

            なかなかギア・チェンジができない、といったことだ。

            毎日ぐったりとしたまま時間が過ぎて行った。

             

            血液の流れの速さは自分の意志で変えることができず、

            思うように動かない中古の体をゆっくり動かしていた。

            このもどかしさを何とかしたいと思い、

            近くで自然治癒を進めてくれそうな場所を探した。

             

            かもめやから高島方面に向かう海岸沿いに

            ホームセンターがある。

            広い駐車場のはずれに、海に面した場所があり、

            ある晴れた日の午後、そこのベンチに座ってみた。

            小樽湾に向かうその場所は、見慣れた港を

            違う角度から見ることになるのだが、

            なかなか新鮮で美しい。

             

            目の前に、昔ここから石炭を積み込んだと思われる

            高架桟橋の後らしきものが残っている。

            古びたコンクリートの足台のようなものが2つ。

            ひたひたと打ち寄せる海水に洗われたその台に

            活気あふれた小樽の昔日の姿がしばれる。

            まだ雪が残る向かいの山並みも美しい。

            すがすがしい海の空気を吸い込んでいるうちに、

            少し体が楽になった気がした。

             

            連休が始まっても、なかなかお天気がすっきりしない。

            毎年富山から来てくれる馬好きの女性が、はやばやと来てくれた。

            共和町というところに、引退した競走馬を持っている彼女は、

            たくさんの人と共有しているという自分の馬に、

            今年も会いに行った。

            地元富山では、乗馬もしているという彼女、

            自宅では盲導犬も飼っているという。

            わがやの暴れん坊マルコの愚痴を言っていたら、

            彼女が、「こうすればいいのよ」と犬のしつけをおしえてくれた。

            目の前で騒いでいたマルコが、彼女の話を耳にしているうちに、

            だんだん静かになり、いつもは入らない小屋に、すごすごと入って行った。

            これには驚いた。

            馬と犬を制している人には、いうことを聞かない犬も、

            一瞬にしておとなしくなるんだ。

             

            宿泊のお客さんが眠っている早朝、ふと裏の手宮線跡に行ってみると、

            なんと桜が咲いていた。

            わが宿の裏の桜が咲いているのを知らずに

            うつうつとしている自分に、

            人間の狭さを知る。

             

             

             

             

            | - | 07:37 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |