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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
坂は氷のすべり台
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     年の瀬もいよいよ押し迫り、極寒の海に

    カモの姿が見られるようになった。

    運河べりにも雪が降り積もり、わずかに人ひとり通れるくらい

    の道がつけられている。

    しんしんと冷え込み、外を歩くのもつらいのだが、

    犬がいるからしかたがなく、運河を散歩する。

    ところどころに凍った雪が浮かんでいる鏡のような水面に、

    黒い子ガモが何羽もすいすい泳いでいる。

    冬になると、どこからかやってくるのだろう。

    寒い地を目指して飛んでくる。

    寒さをなんとか避けようとしている北国の住人には、

    わざわざ寒いところを探してやってくる生き物がいるなんて、

    考えられない。

    しかし、寒いところが快適と感じる動物もいるのだ。

    人間は、いったいどっちなのだろう。

    北国の住人は、寒いところが好きなんじゃなくて、

    そこに住むのが運命だ、と思って、なかばあきらめて

    暮らしているに違いない。

     

     年末に、記念すべきお客さんが来た。

    美瑛で知る人ぞ知る「四季の風」という蕎麦屋さんをやっている

    年輩のご夫婦だ。

    宿を始めたばかりの頃、一度来てくれたことがある。

    年の頃は70前後のおふたり。

    ご主人は昔、交通事故に遭って足を怪我されたということで、

    杖が必要で、歩くのがなかなか困難なのだが、

    見渡す限りの畑の中に、木造の建物を自力で建てたという。

    そして、そば打ちを習って、手打ちそばを出している。

    この店が、美瑛では大人気。

    一度行ったことがあるが、窓の外の丘陵には一面の畑が広がり

    その眺めはすばらしい。

    歯ごたえのある滋味豊かなそばを食べながら、

    雄大な景色を眺める気分は最高だ。

     

    このご夫婦は、前向きで、ものすごく元気。

    ご主人は「最近、町会議員もやっているんですよ」という。

    町の古い体質を改革して、町民がほんとうに納得する町にしたいと、

    孤軍奮闘しているという。

     

    小樽の町のあちこちの写真を見て、地獄坂の教会を見てみたい

    というので、お客さんの車に同乗した。

    私が教会の裏手に住んでいるというと、

    行ってみるという。

    その日はしばれがきびしく、家の前の坂はつるつるに凍り、

    氷のすべり台みたいになっていた。

    家の住人でさえこの坂を上るのは危険なのだが、

    なんと、このご主人は、杖をつきながら、なんとか工夫し、夏の靴で

    坂を上った。

    下るときは、もっと危険だ。しかも、足が不自由で、

    「転んだら、自分の足にとってはかなり危ないから、絶対に転べないんだ」という。

    え〜っ、どうしてこんなところまで来ちゃったの。

    どうやって降りるのか。

    しばし茫然としていると、なんと彼は凍り付いた坂に

    お尻をつけて、毛糸の帽子を片手にてぶくろみたいに巻き、

    片手に杖を握って、すべり台をすべるようにお尻で下っていった。

    下には、奥さんがニコニコ笑って見ている。

    奥さんの待っているところまですべっていき、彼は平然と立ち上がる。

    小さなアドベンチャーをおもしろがっているようだ。

     

    「窮すれば通ず」。

    この人、いや、このご夫婦は、これまで生き抜くのに、

    何度こんな知恵をしぼってきたのだろう。

    長年雪国に暮らしてしている私は、

    こうやってお尻で坂を下った大人を見たことがない。

    あまりのたくましさに、言葉が出なかった。

    二人は、昔、山登りをしていたという。

    ご主人が足を怪我する前のことだ。

    登山家の不撓不屈の精神が、その後の困難な歩みをも

    支えたのだろう。

     

    人生を進むのに、決まった歩き方はないのだ。

    立って歩けない道は、這ってもよし、転がってもよい。

    どんな方法でもいいから、前進することを楽しめばよいのだ。

     

    かもめや10年目にして、すばらしいお客さんから深い知恵を学んだ。

     

    運河の中に、ゴマみたいな黒いものが見える。それがカモだ

    今年も石倉のプレスカフェに、つららが下がる

    冷え冷えとした朝の北運河。向かいの丘、手宮公園に朝日が

    当たる

     

     

     

     

     

     

     

     

    | - | 10:49 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    雪の日の散歩、顕誠塔まで
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      12月初旬というのに、大雪に見舞われた。

      1度に40僂盥澆蝓⊃汎阿がとれなくなった。

      それでも、犬を散歩に連れて行かなければならない。

      雪国の飼い主は、なかなかつらい。

      この様子をブログに書いて、いざ保存、というときに、

      また全部消えてしまった。

      茫然自失…

       

      しかし、嘆いてもしかたないので、

      散歩先の小樽公園近くの小高い丘の上にある

      顕誠塔という慰霊塔付近の雪景色の写真をのせることにした。

      日露戦争で亡くなった人の慰霊碑で、大正12年に

      建てられたという。

      17mもある石の塔の上に金鵄(金色のトビ)がとまっている格調高いもので、

      パリの広場にありそうだ。

      この場所から、天狗山や港が見渡せる。

      この犬は、わが家に来てから3か月。

      小樽の隠れた名所をけっこう歩いている。

      そのうち、お客さんを案内して、散歩につれていくことができる犬に

      育てたいものだ。

       

      顕誠塔付近の広場

       

      大雪もなんんその。大喜びのマルコ

       

      | - | 17:26 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      1匹の手伝い犬
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        11月も終わりに近くなり、本格的な雪の季節ももうすぐだ。

        この時期の北海道は、例年、観光客が一番少なくなる。

        わが宿も、静かな日が多いが、

        今年は、この場所に、ビーグル犬のマルコが加わったことで、

        雰囲気が変わった。

         

        店にいると、宿泊客ではない人も訪れ、一気に犬に気持ちを

        もっていかれるようだ。

         

        先日は、宿泊客が、知り合いのロックミュージシャンを

        店に連れてきた。

        マルコが喜んで飛びついたので、やめさせようと押さえると、

        ミュージシャンは、ぴょんぴょん飛び跳ねる犬を平気で抱いて

        「咬んで咬んで!もっと咬んでもいいよ」

        というのである。

        「うちでも犬を2匹飼ってるんだ」と。

        彼は昨夜、近くのライブハウス、ゴールドストーンで

        ロックのライブをやった人だ。

        うちに泊まった男性客は、彼のファンで、追っかけなんだそうだ。

        あとで、ファンの男性が、そのミュージシャンのCDを

        「聴いてください」と、私たちにくれた。

        タイトルは「吠え桜」。

        ギターの演奏もなかなかにうまい。

        地元で20年も演奏活動を続けている人だそうで、

        彼の音楽も、今では少なくなった道産子魂にあふれ、男っぽい。

        このエネルギッシュな人が、マルコに「もっと咬んで!」

        というからおかしい。

        それを見て、新米の飼い主は、「そうか、こんな子犬にびくびくすることはないんだ」

        と妙に安心した。

         

        またある日は、いつも超満員の人気居酒屋の板前さんが顔を見せる。

        彼は、たまの休みの日に、疲れて死にそうな様子でやってくる。

        ただただビールを飲んで、座っているだけなのだが、

        マルコが大喜びで近づくと、犬が動けないくらい

        ぎゅーっと抱いて、「おれはほんとは動物の方が好きなのさ。

        板前じゃなかったら、牧場で動物の世話をしているかもなぁ」といった。

        この人は、もう体をこわす寸前、というところまできている。

         

        別の日は、知り合いの年輩の歯医者さんが店をのぞく。

        がんをわずらっているが、絶対に手術はしたくないといって、

        気丈に仕事を続けている。

        手術以外のあらゆる療法をさがして研究し、命がけの実験をしている

        といっていい。

        この人も犬が大好きで、「マルコまだ起きてる?」

        といって、夜、通りがかりに立ち寄っては、

        暴れる犬を、上手につかまえて、ぎゅーっと抱いて、

        「どうだ、まいったか! 1本勝負」なんていっている。

        マルコも、力をふりしぼって、むちゃくちゃ遊んでいる。

         

        いろいろな人とめいっぱい遊んだマルコは、

        その後、さすがに疲れたのか、床に四つ足を投げ出して

        グーグーいびきをかいて寝ている。

         

        こうやってみていると、ずいぶん疲れた人、がんばっている人が来ているんだなぁ。

        こんな人たちが、犬と本気で遊んでいく。

         

        「すべて疲れた人、重荷を負っている人は私の下へ来なさい。

        わたしがあなたがたを休ませてあげます」

        これは、有名な聖書の言葉だが、かもめやを始めたとき、

        これから、この聖句をもとに、仕事をしようと思ったのだ。

        トイレにこの言葉のカードを置いておいたら、

        疲れた人が次々にやってきた。

        息子が、「これを張っておくと、疲れた人ばっかり来るよ。

        違うのに変えたら?」という。

        ちょっとおかしかったが、

        今は「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。

        すべてのことに感謝しなさい。」という聖句にした。

         

        宿を始めてから、いつのまにか10年目になった。

        宿主も年を取り、疲れも出る。

        ネコの手も借りたいときに、犬が与えられ、

        疲れた人や、重荷を負っている人の相手をしてくれる。

        「そうか、あんまり自分だけでがんばらなくてもいいんだな。

        神様がよこしてくれた手伝いの犬に、少し頼ってみようか…」

        ふと、そんな思いがわいてくる。

         

        接客の仕事に疲れて、ひと眠り

        いつもの散歩コース、教会堂の入り口。左はマリア像

        よく見ると、階段のところに犬がいる

         

         

         

         

         

         

         

        | - | 07:25 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        ビーグルの波長
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          10月は例年になく暖かかったのに、11月になると、一気に

          冬モードに入った。

          今日も強い風に乗って、雪が舞い散っている。

          今朝の天気予報では、北海道の日本海側で40僂阿蕕だ僂發襪箸海蹐

          ありそう、と言っていた。

          まさか、とは思ったが、この様子だと、あり得ないことではない。

          やれやれ。

          生まれてこの方、こんな季節を何回迎えたことだろう。

           

          さきほど、こんなことをブログに書いて、かなり書き進めたと思ったら、

          パソコンの文字が一瞬にして消えてしまった。

          どこを探してもない。

          ついてないなぁ。

          こうぼやきはじめると、テンションが下がるので、

          グッとこらえる。

           

          この秋は、犬が来たことで、小樽の町なかより緑や草の多い場所を

          歩くことが増えた。

          牧場生まれのマルコは、草むらが好きなので、

          草のあるところを探して歩くことになる。

          北運河のほとりを歩いて、運河公園から手宮線跡の

          芝生を走る。

          つい最近、手宮線の遊歩道がついに最終地点まで完成した。

          ここにアイヌ犬が何頭もいたのだが、

          今朝、息子がマルコを連れて行ったら、

          白い犬が2頭しかいなかった、と言っていた。

          ほかの犬相の悪い犬たちは、どこへ行ったのか。

          もしかすると、処分されたのかもしれない。

           

          この道は、小樽としては、センスのいい開発をしたと思う。

          春、夏、秋。どの季節も線路脇の自然の草花が美しく、

          また、汽車が通っていた頃の活気ある港町の面影も残っていて、

          何とも言えない風情がある。

           

          こんな道を歩いたり、また坂の上の教会付近の静かな住宅地から、

          山のすそのにある母校の西陵中学校のほうまで歩くと、

          紅葉が進んだ自然の中に建つ家々の間から

          港が見える。

          中学時代には気にもとめなかった味わいのある景色。

          観光客が集まる運河周辺のにぎわいを離れて、

          自然の多い山すそを歩くと、別荘地へ行ったような気分になる。

          カサコソと落ち葉を踏み鳴らして、

          晩秋の光と風を感じながら、木々の間を歩くのは、

          心静まる最高の時間だ。

          ふと、国木田独歩の小説「武蔵野」を思い出した。

           

          犬が来てからというもの、不思議に「ビーグルを飼っていました」という

          お客さんが来る。

          「パワーのあるビーグル犬を散歩させていた母は、10圓發笋擦董

          糖尿病がすっかり治ってしまったんですよ」という女性。

          また別の若い女性は、「あっ、ビーグルだ。うちでも16年飼っていました」

          という。

          「小学生の時に飼ったのですが、犬の誕生日には、弟や妹とお部屋に

          かざりつけをしたり、また大きくなってからは、犬が食べられる

          野菜をのせたケーキを作ったりしたんです。

          私が働くようになってから、お給料で洋服を買ってあげたり…」

          彼女は懐かしそうに語り、マルコの口に手を入れた。

          「あっ、かまれるかも」といって心配しても、彼女は平気だ。

          なにしろ、飼育歴は2か月の私たちとは違い、16年だというのだから。

          「そうそう、母がパンを作るので、発酵させていたら、

          犬が食べてしまったの。それが、おなかの中で発酵して、

          おなかがふくらんできたので、びっくりして、獣医さんに電話したこともあったわ。

          水を飲ませなさい、と言われて…。そのうち、出てきました」

           

          また、昨日は、マレーシアから男性2人、女性2人のの若者が来た。

          一人の男性の足に、犬が喜んでからまっていくのをやめさせようとすると、

          彼はニコニコしながら「大丈夫」とジェスチャーで言う。

          そうして、「うちにもビーグルがいるんだ」といって、スマホの動画で

          自分のビーグルを見せてくれた。

           

          それにしても不思議だ。

          今では少ない犬種のビーグルを飼っていたというお客さんが

          次々と現れる。

          わが宿からビーグルの波長が出ていて、それに同調する人が

          来るのだろうか。

          だとすると、この波長は、相当強力だ。

           

          石倉を彩る錦のツタ

          晩秋の街角

          マルコの居場所

          うっすらと雪化粧した手宮線跡

           

           

           

           

           

          | - | 15:16 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
          従業犬マルコの接客
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            いつものようにあたふたしているうちに、10月も終わり近くなった。

            地球温暖化のせいか、いつもより秋が長い感じがする。

            たまにあったかいと、本州の秋の雰囲気を思い出す。

            北海道の人々は、雪が降る前、1日でもあったかい日があるとうれしい。

             

            9月に犬がきてからというもの、生活が一変してしまった。

            犬の生活スケジュールに、人間が無理やり合わせさせられるのである。

            こんなはずじゃなかった。

            嘆いてももう遅い。

            犬はどんどん成長し、我が物顔に犬力をふるっている。

            店の者、つまり私たちは、昼間は店に犬がいることで、お客さんに迷惑がかからないかと

            内心ハラハラしている。

            しかし、意外にも犬好きの人が多いことに気がついた。

             

            毎年、四国から来て、札幌在住の息子さん夫婦と、ご主人のお墓詣りのため

            小樽に来る年輩の女性は、そのたびにわが宿に泊まってくれる。

            船乗りだったご主人のお墓を、海の見える祝津に建てたという

            その奥さんは、今は一人暮らし。

            今年も元気で、息子さん夫婦とやってきた。

             

            「あら〜、ワンちゃんがいるのね」とマルコを見て大喜び。

            ご主人もまだ元気で、40代の息子さんが北大に来る前に

            コリーの小さいようなシェットランドシープ犬を飼っていたという。

            息子さんが大学に来て、1年ぶりぐらいで家に帰ったら、

            その足音で彼とわかったそうだ。

            「よく覚えているもんですね」と息子さん。

            その犬を、あるとき10劼阿蕕のイ譴臣里蟾腓い僕造韻燭蕁

            そこから逃げ出して、いなくなってしまったとのこと。

            「悲しくて、一生懸命探したの。

            それがね、1年もたって、やせてよろよろになって帰って来たのよ」

            とお母さん。

            「びっくりしたけど、本当にうれしかった。

            あの犬はかわいかったわ」

            そして、ご主人と子供たち、それに犬がいたころの

            暮らしを懐かしんだ。

            わが宿で犬トークをして、「楽しかった」といってくれた。

            「来年はこのワンちゃん、どれくらい大きくなっているかな」と。

             

            また別の日は、台湾から一人旅の大学生らしい若い男性がきて2泊した。

            彼は日本語が話せないので、英語が苦手な私とは、

            なかなかコミュニケーションがとれない。

            最初に来た時、マルコが店にいた。

            夜は犬を2階に連れて行ったのだが、

            外出から帰ってきて「ドッグはどうした?」と聞いた。

            2階に行った、と言ったら、残念そうだった。

            帰る日の朝、マルコを店に置いたら、

            彼は大喜びでマルコと遊び、わからない擬音で

            「ちゅるちゅる」とかいって犬をあやしていた。

            そして、何度も写真をとり、自分も犬を飼っているといって、

            スマホにおさまった、黒いダックスフンドの写真をみせてくれた。

            彼の顔もくしゃくしゃにほころび、「かわいいんだよね」

            といっているのがわかる。

            いつまでもマルコと遊んでいた彼は、名残惜しそうに

            「またくるね」と言って帰って行った。

             

            犬がいなかったときはわからなかったが、犬を飼っている人、また

            その経験がある人は、想像以上に自分の犬に対する思い入れが

            強いということがわかった。

             

            話は変わるが、夏目漱石が「吾輩は猫である」を書いた理由も

            わかるような気がする。

            近くに犬や猫がいると、

            「こいつはどういうふうに人間を見ているんだろう」という疑問が

            わくからである。

            動物から人間を見ると、「しょうもないことをしてるな」

            というふうにも見えるかもしれない。

            自分の悩みにどっぷりとつかりがちな人間も、

            時には犬や猫の視点で見てみると、「なぁんだ、これくらいのことだったのか」

            と思えるかもしれない。

            ペットの効用は、こんなところにもある。

             

            紅葉の手宮公園

             

            街なかのツタの芸術

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