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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
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前世への旅・その2
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    未明からの雨が、ホテルの窓をたたいていた。

    ここは、山形県鶴岡市。

    羽黒山は、駅前からバスで50分ほどのところにある。

    これから知らない山に登るというのに、大丈夫だろうか。

    不安がよぎったが、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

    とにかく、ふもとまででも行こう。

    そう思っていると、町の中の空は晴れてきた。

     

    隋神門というこの霊山のふもとの入り口から頂上まで、石段が
    二千何百段もあり、その距離は1,7km、
    一体登れるのだろうか。
    バスで山のふもとに近づくと、小雨がぱらつき、山の上の方には

    黒雲がかかっていた。

    この空模様では、一人で登るのは無理だ。

    急遽予定を変更して、頂上までこのバスでいくことにした。

    山の途中から雨脚が強くなり、車中には、運転手のほかは

    私一人。

    心細さが増した。

    頂上に着くと、運転手さんに

    「ここから一人で山を下りるのは危ないですか?」と聞いた。

    すると、「いや、大丈夫でしょう」との答え。

    ホッと一安心。

     

    ここには、月山、羽黒山、湯殿山の三山の神をまつった

    三神合祭殿がある。

    鳥居を目指して行くと、向こうに厚いかやぶき屋根の

    立派な朱塗りの神社が見えた。

    あたり一帯、雨の中に霧か霞か、雲かわからない

    白い煙のようなものが漂っている,幽玄の世界だ。

    ここは高天原かと思わせられる。

     

    苔むした水溜りの道に沿って、小さな神社がいくつも並んでいる。

    大きな鐘つきのやぐらがあったので、

    そこの下で、この無謀な旅を心配してくれたtakarinn さんに

    「着いたよ〜」と電話した。

    電話を切ったと同時に、水泳の先生から電話が入った。

    彼女には、この旅のことは、何も話していなかった。

    「光子さん、私、今日ようやく時間ができたから、あなたとゆっくり話したいと思って。

    都合はどう?」と。

    「先生、私、今、どこにいると思う? 羽黒山の頂上にいるの」

    というと、「え〜っ、あなた、一人でそこへ行ったの?」

    と言って、彼女は泣きだした。

    「私、涙が止まらない。あなたたちのこと、あっちゃん(私の息子)が

    病気のときも、

    そこの神様にお祈りしたのよ。よく行ってくれたわね。

    下りの坂道のはじめのところに、蜂子神社があるの。

    そこがこの山の神様だから、お礼をいってきて」という。

    「わかりました。先生、

    これから山を下りるんだけど、今、それを言ってくれてよかった。

    山を下りちゃってからではおそいものね」と私。

    そのとき、さーっと空が晴れて、青空が広がった。

     

    それから、1400年以上前にこの山をひらいた崇峻天皇の子、

    蜂子皇子がまつられている蜂子神社へ行ってお礼を言い、

    この山を下り始めた。

    さっきまでの雨はすっかり上がり、参道の山道には

    凛として澄んだ空気がみなぎる。

    周りの高い杉の木や緑が美しい。

    そのとき、また携帯が鳴った。

    男の声で、「いま、山を下っているんだってね。

    途中に茶店があるから、そこで休んでいきなさい。

    私が電話を入れておくから」という。

    水泳の先生が、その山を巡っている山伏の大先輩に、私のことを

    電話で知らせたらしい。

     

     茶店に着くと、女主人が「いま、電話があった方ですね。

    お待ちしていました」という。

    そこの名物、力餅を食べながら、

    このたびのあまりに用意された山下りに、

    心が落ち着き、感謝の思いが込み上げてきた。

    「この山の神様にお世話になったので、今、お礼をしてきました」

    と女主人に伝えると、「みんな苦しいときの神頼みはするけど、

    お礼を忘れる人が多いんですよ。お礼参りは大切ですね」という。

    「そういえば、さっき来たお客さんは、≪今日の天気予報は、

    70%雨だと言っていたけど、晴れたね≫といっていましたよ」と彼女。

     

    それからまたゆっくり石段を踏み、山を下り始めた。

    相当急な階段もあり、これはだれでも行ける所ではない。

    私も、いまこの時だから行けた、と思えた。

    この道を下りながら、温かな思いに包まれ、細胞がすべて

    入れ替わるようなすがすがしい思いがした。

    そう、この山は、生まれ変わりの山、死と再生の山だった。

     

    ふと気づいた。

    はじめは下から登ってくる予定だった。

    それが、雨のため、急遽頂上から下ることに変更した。

    「木漏れ日の山道を下る、白装束の男…」

    これはまさしく前世の自分と同じシチュエーション

    ではないか。

    そしていま、あの時と同じように、木漏れ日が自分を包んでいる…

     

    実に不思議だが、前世の自分と現世の自分が、ぴたりと符合する…

    大いなるものの温かさ、優しさに包まれて、今生を生き抜くために、

    傷ついてきた自分のすべてを回復するようなこの下山…

     

     山の下には、美しい五重の塔や朱塗りの橋、

    そして白い水しぶきを上げて落ちる滝もある。

    もうすぐふもとの出口にある隋神門だ。

     

    今朝、バスに乗り込んだ時の不安はどこへやら、

    思いがけず親しい友達と山歩きをしたような、心地よい達成感を味わった。

     

    気が付くと、予定よりかなり早くふもとに着いたので、

    2つほど早いバスで鶴岡駅に向かった。

     

    今日は夕方、山形の山中の「出羽屋」という山菜料理旅館に泊まる

    予定だ。

    それまでにまだ時間があり、この町の「致道館」という

    江戸時代にできた学問所にもいけそうだ。

    前世の若者が、武家屋敷のようなところで勉強している

    幻影を見た。

    この学問所がその時の映像に近い。

    旅の下調べをしている時、ここの写真を見て、はっとした。

    そこも体験できたら、という思いがあったが、

    最初の山登りの予定では、

    その時間がなかった。ここへ行くなら、次の機会になるだろう

    と思っていた。

    しかし、また不思議にその時間が取れた。

     

    「致道館」。荻生徂徠の学問を学んだというこの庄内藩の学校は

    素晴らしいものだった。建物も昔のアカデミズムを感じさせる

    格調高い造りで、静かに深く心が満たされる場所だ。

    武士の子弟が学んだであろう広い座敷の畳に座ると、

    前世の若い武士の向学心と、人生の目的を探る真摯な思いが

    現世の私の心に届いた。

     

    「ああ、よくぞここまで来たものだ」深い満足の思いが

    あふれてきた。

    信じられないほどの達成感。

    今日1日で、長いこと、固く胸に秘めてきた

    前世の私の人生観と全体像に、ついに到達した。

     

    帰りのバスに乗るため、屋根付きのバス停で待っていたが、

    バスはなかなか来ない。

    息子に今日の不思議な話を知らせようと思い電話をした。

    電話を切ったとたん、ザーッとひょうのような大粒の雨が

    斜めに降ってきた。

    その間3分ぐらい。

    すると、バスが来たので、私は濡れずにバスに乗った。

    とたんに雨がやんだ。

    ほとんど人が乗っていないバスの窓に青空が広がり、

    はっきりとした大きな虹がバスの端から端にかかっていた。

    こんなに近くに迫ってくるリアルな虹は初めてだ。

    まるで、今日のドラマのエンディングを告げるようだ。

     

    「ほうら、見たか。お前の思いは実現したんだよ。

    今生の苦しみは、この雨で洗い流した。これから先は

    明るいものだ。私は今生でのお前の歩みを喜んでいる」

    と、大いなるものが言っているように思えた。

     

    この旅で経験したこと。

    輪廻転生があるならば、人は前世からの人生の目的を

    現世でも持ち続けるものかもしれないと思う。

    私の場合、その目的は、魂を磨くことだ。

    前世の若武者は、修行の者となり、山を歩いて

    考え続け、魂を磨いた。

    そのとき、山伏に幾度も助けられたことだろう。

     

    現世の私は、不肖キリスト者であるが、

    やはり修験の道をいく水泳の先生や

    その人が信じるこの山の神様に助けられている。

    同じ系統の人に助けられる運命にあるようだ。

    どうにかして知りたいと願い続けてきた人生の謎が、

    ようやくここでゆるゆるほどけていくのを感じた。

     

    羽黒山頂上のかすみにけむる風景

     

    蜂子神社

    三神合祭殿

     

     

    信仰の人々が何百年も歩いた山道。前世の私も歩いたかもしれない

    (写真を縦にできないので、横になった)

     

    途中の茶店でみかけた山伏スタイルの人

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     






     

     

     

     

     

     

     

    | - | 07:24 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    女将さんの前世への旅に恰も持ち物のリュックの中に入り込んで共に旅しているような気分になって、ハラハラしながら読み、善い写真を見て、大粒の雨の後の虹!の場面?を読みホット安堵しました。
    まさしく死と再生の旅を実現したのではないでしょうか。
    素晴らしい文章の力が更なる感動を呼び起こしてくれました。
    | takarinn | 2018/10/17 1:06 PM |

    かもめやで、スピリチュアルを体験しましたよ。この水泳の先生に咳を治していただきました。
    有り難うございました。

    おかみさんと、〈スピリチュアルの宿〉で売り出そうかと話してましたよ。
    | John 1940 | 2018/10/18 11:19 AM |

    悟り、前世との一体感、達成感…、色々ありそうだけど、ひとまずご無事のご帰還で何よりでした。
    | koishi3 | 2018/10/19 2:38 PM |

    何度もすみません。
    まとめの歌です。

    暗闇の中、路線バスに客一人
    まさか地獄行きじゃないよね

    おみやげは釧路の港の公園で
    石の欠片をバッグに入れる

    悪い気を咳と一緒に吐き出して
    入れ換え帰る小樽への旅

    北海道に求めるは
    水の味人の情けに広がる地平

    店員がお客のやまい気に懸ける
    そんな場面見た古い喫茶店

    石倉のジャズ喫茶で聴くレコードは
    柔らかく深い音する

    いつも行く食堂名を上げ客を呼ぶ
    看板メニュー極めてうまし

    蔦かざる売り物件の外壁を
    少し色づき季節は秋へ

    切り株に腰かけ枯れ木ながめてる
    緑の木々もいずれこうなる

    強欲も無欲相手じゃ敵わない
    ゼロはすべてを含んでしまう

    朝9時の小樽のホームうす寒く
    秋が深まる街を離れる

    スピリチュアル
    信じ過ぎるの良くないが、
    それで治れば有難いこと。


    以上です。
    失礼しました。


    | John 1940 | 2018/10/19 6:57 PM |

     かもめやの 軒先借りて店開く 歌人の開店切に願えば
    | 店主 | 2018/10/20 7:45 AM |

    お久しぶりです。ちょっと取り込みがあり、このブログにはご無沙汰しておりました。大地震後のところに遡って、読みました。
    羽黒山に行ったのですね。私も24,5年前、夫と二人でこの山に登りました。しかしながら、石段がとてもたくさんあった、くらいしか記憶していません。鶴岡市にも寄りました。
    単に「奇跡的」というだけでは済ませられない、「前世への旅」でしたね。山と雨と虹。生きてゆくことの実感・感動。
    私も切に「虹」を見たい!と思います。
    | Wako | 2018/10/22 11:23 PM |










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