SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
<< 天変地異で暗闇の二夜 | main | 前世への旅 >>
地震の副作用
0

     あの地震の騒ぎもこの辺では和らいで,

    いつもの日常がもどってきた。

    その後、予約をいれていたお客さんは、けっこうキャンセルしてきたので、

    いつもよりは暇になった。

    地震の前は、夏の忙しさの疲れで、倒れそうだった。

    しかし、なぜか地震と同時に、心身シャキッとし、

    暗闇の中で、ろうそくをともしながらのお客さんとの会話も

    われながら不思議に落ち着いていた。

     

    あの日、帯広から車でやってきた年配の営業マンは、

    明日東京に帰るのだが、飛行機が飛ぶかどうかもわからない、

    そんな中で、わが宿にたどり着いた。

    来る途中、コンビニは全部ものがなくなり、飲食店も閉まっていて

    食べるものがないという。

    夜になって困っているので、

    「これでもよかったら」といって、

    鍋で炊いた柔らかめのごはんに梅干し、それに、息子が

    スーパーで売れ残りをやっとかきあつめて買った、

    見たこともないカップ麺にお湯を入れてあげた。

    その人は、顔も見えない暗闇の中で、ろうそくの光をたよりに

    食べ物をかきこんでいた。

    「うまいなぁ〜」

    うめくようにこういって、息をついた。

    「こんなにうまいご飯ははじめてだ」

    「いまどき、こんなふうにごはんだけ食べるなんてことないですよね」と私。

    「そうだね。だけど、おれたち子供のころは、いまみたいに

    食べ物はなかったから、食事は質素だったよなぁ。昔を思い出した」

    その人はしみじみ言った。

    「今日のこの食事は一生忘れられないよ」と。

     

    翌朝、それでもよく眠れたといった彼は、「またいつかここへこようかな、

    あのごはんのメニューでさ」といって笑いながら、大きな袋に

    コンビニなどで売っている色々な飴をたくさんくれた。

    「きのうのお礼です」と。

    この人は、私もその名前を知っている、名古屋の老舗の製菓メーカーの人だった。

    「わっ、うれしい」

    なにしろ、私は、飴女、飴をめちゃくちゃ食べるのだ。

    糖尿病予備軍といってもいい。

    いただいた飴を、今も毎日ガリガリ食べている。

     

    あんなに落ち着いていた地震当日、翌日。

    きっと火事場の馬鹿力で、体からアドレナリンがいっぱい出ていたのだろう。

    その後、3日ぐらいたって、朝食後、突然嘔吐。

    具合が悪くなり、やっとのことで病院へ。

    食中毒かと思ったが、調べたら「軽い胃炎ですね」とのこと。

    「ここで、点滴していますか」と医者に言われ、

    半日病院で寝ていたら、

    なにやら気持ちがふっとゆるんで、体が楽になり、

    しばしぐっすり眠った。

    やはり、気がはっていたんだなぁ。

     

    数日して、ようやく休みがとれたので、

    早朝、久々に息子と車で積丹方面へ行った。

    宿のすぐ近くに海があるのに、「積丹ブルー」が

    見たかった。

    その日は晴れて、空も海も青くさえわたり、そして山も深い緑のおわれて

    美しい。

    この景色を目にすると、全身点滴で潤っていくようだ。

    自然はこわいが、また底知れず人を癒す力がある。

     

    昔落盤事故があった、豊浜トンネル付近の奇岩

    積丹海岸

     

     

     

    | - | 07:15 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    鋭気を養うための自然がそこにある。やっぱり北海道はいいなあ。
    言われてみれば小樽の海とは違う「青い海」が積丹にはありますね。
    小樽潮陵高校に通っていた時、初夏に小樽から積丹半島の先、余別の神威岬まで徹夜で歩くという学校行事がありました。夕方小樽を出て、塩谷,蘭島、余市を経て古平の小学校の体育館を借りて休憩仮眠をとり、夜明け前に再び歩き出し美国から雷電国道229号は美しい海岸線から山道に入り10時ころ峠を越えたところで余別の町と海が見えた時の感激はひとしおだった記憶があります。積丹ブルーを背景に海岸にそって点在するローソク岩等の奇岩群に人知を超えた力を感じますね。誰と歩いても自由なので、夜通し話し込んで仲良くなるカップルも多かったですね。
    | koishi3 | 2018/09/24 5:09 PM |

    名古屋の飴の老舗といえば、春日井製菓かなぁ。
    春日井製菓の定年は65歳だから、年配の営業マンの年齢は定年後の再雇用でなければ、60歳から65歳の間か。
    豆菓子ならガリガリ食べてもいいのですが、飴はガリガリ食べるものではなく、飴は舐めるものです。
    飴を噛む人の性格について、つぎのようなサイトがありました。
    http://kuse-sinri.com/entry22.html
    https://matome.naver.jp/odai/2145839162741988801
    | 蛍 | 2018/09/25 11:40 AM |

    地震のあと、かもめやの皆さんはどうしておられるのかなあ、と心配してました。少し落ち着かれたようで安心しました。地震の備え、大事ですね。お体に気をつけて!
    | 鳩さぶれ | 2018/09/25 10:27 PM |

    積丹の景色を、読者に喜んでもらってよかった。
    それにしても蛍氏、物知りですね。春日井製菓、あたり!
    そして、飴をかむ私、実はイライラしてストレスを感じているのだ
    ということがわかりました。気は長いほうだと思っていますが。
    飴をなめる? そんなことをしたことがない。なめるのは味噌ぐらいなものでしょう。
    | 店主 | 2018/09/25 10:46 PM |










    http://blog.kamomeya.main.jp/trackback/1243147