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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
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遅ればせながらのお墓参り
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    本州には何回も台風が訪れ、その影響か、北海道も

    長雨に見舞われた。

    天候不順の夏、そして、かもめやも一年のうちで一番忙しい季節。

    お盆が終わり、宿泊もピークを過ぎたかと思うが、

    まだまだ毎日仕事に追われている。

    昨夜も夜11時のお客さんで、こちらも半睡の状態だ。

    さすがに疲れがたまり、体力も限界に近い。

    しかし、わが宿を訪れるお客さんは、老若男女

    なぜかリラックスしていて、初めての人でも、

    気心が知れた下宿人みたいな様子だ。

     

    私は、下宿の管理人のばあさん。

    「あぁ、あぁ、みなさん、静かにしてくださいよ」

    と、役どころは、志村けんのヘンなおばあさんだ。

    あんまりピリピリ神経を使わずに、お客さんに気楽に過ごしてもらおうと

    決めた。

     

    お盆には、両親がいるお寺の納骨堂にお参りに行くのだが、

    宿のほうも忙しく、しかも大雨にたたられ、

    今年はもう行けないと思ったが、最後の日、

    意を決して駆けつけた。

    私はクリスチャンなので、お盆にお墓参りに行く

    習慣はないのだが、やはり落ち着かない。

    もう人気もなくなった納骨堂でしんと静まっていると、

    亡き人の心が伝わってくる。

    この静けさが好きだ。

     

    2〜3日後、息子が朝起きてきて、亡き義姉(私の兄の奥さんで、

    息子にとってはおばにあたる人)と

    「一緒に寿司を食べてる夢を見た」というのである。

    義姉は3人の子供を残して、50代前半で病気で亡くなった。

    1年間の闘病の末、天国へ旅立った。

    入院中、すでにクリスチャンになっていた私に

    聖書を持ってきてほしい、といい、病院に宣教師の先生を

    呼んでほしいといった。

    私は、病床を訪れるときは、いつも聖書の言葉を書いて

    持って行った。

    そして、外国人の宣教師も彼女を見舞い、彼女は病床洗礼を受けた。

    闘病中の彼女と夫である私の兄、そして子どもたちの苦しみは

    言葉に尽くせない。

     

    この夏、お盆のころ、義姉の娘の誕生日で、3人の子供たちの家族が集まって

    食事をしたのだという。

    「あぁ、彼女も子供たちと一緒に食べたかったんだなぁ」

    息子の夢をそう解釈した私は、やむにやまれず

    かもめやの玄関先に植えてあるアジサイを切って、お墓に持って行った。

    塩谷の海の近くにある墓地は、急な山の斜面に作られ、

    彼女の墓は相当上のほうにある。

    谷をへだてて向かいの山が見渡せる。

    この山は塩谷の丸山といって、小樽の人はよく気軽に登山する。

    義姉は、はるかにこの山を見ながら眠っている。

     

    ふと思い出した。

    闘病中に私が紙に書いて持って行った聖書の言葉を。

     

    私は山に向かって目を上げる。

    私の助けはどこから来るのだろう。

    私の助けは、天地を造られた主から来る。

    主はあなたの足をよろけさせず、

    あなたを守る方は、まどろむこともない。

    (詩編121編1〜3章)

     

    いま、彼女は神さまの隣で、永遠の安らぎを得ていることだろう。

     

    帰ろうとすると、息子が、「あれっ、ちょうちょが来ているよ」

    という。よく見ると、墓前にささげたアジサイの花に、モンシロちょうが

    とまっている。

    亡き人がちょうになってくるというのはよく聞くことだ。

    これは、聖書には書かれていないが…

    黄色いちょうちょは、いつまでたってもアジサイの花から離れなかった。

     

    向かいに見えるのは、塩谷の丸山

     

    のアジサイの右下にチョウが止まっている

     

     

     

     

     

     

     

    | - | 07:28 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    遠くが見渡せる塩谷の丘の上のお墓に、アジサイとモンシロ蝶...。
    何だか、旅をやめた寅さんのお墓にさくらがお参りしているシーンを連想してしまいました。
    ところでアジサイはこの季節でも咲いているのかな?
    | koishi3 | 2018/08/26 7:27 AM |

    よい景色の見える墓所ですね。マルコ君も一人前にお祈りしているみたい。
    この猛暑にもめげずに藤色のきれいな紫陽花と黄色い蝶々。
    きっと義姉さんが下りてきたのでしょうね。
    病床の義姉さんも、あなたが書いた聖書の詩編の言葉にひととき心が落ち着かれたであろうと深く想像します。
    女将さんの見えざるパワーをつくづく思います。
    | takarinn | 2018/08/29 3:22 PM |

    光明寺僧侶の「紹圭さんの作務日記」(京都新聞8月27日)より。
    『優しいまなざし、笑顔、温かい言葉がけ、荷物を持つなどの体での奉仕、思いやりの気持ち、座席や場所を譲ること、雨風をしのぐ場所を提供すること。これらは「無財の七施」と呼ばれ、大切にされてきました。』
    女将は「かもめや」を営むことで「無財の七施」を行っているのかもしれません。
    | 蛍 | 2018/08/30 10:24 AM |

    みなさん、いいことをいってくださる。
    いつもめげている私には、みなさんのはげましが恵みの雨。
    ありがたや、ありがたや。
    あのあじさいは、まだ店の横で咲いています。北国では秋まで
    色を変えながら咲き続けるんですよ。
    | 店主 | 2018/09/03 8:02 AM |










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