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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
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今も昔も船見坂
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    北国の春には珍しく、急にあったかくなった。

    かもめやの前だけは、まだ根雪が氷になったものが

    厚い板のようになって残っていたが、

    息子がスコップで割って、ようやくアスファルトの地面を出した。

    この氷割りは、北海道の雪解け時期の風物詩だ。

     

    この時期、犬の散歩はちょっと厄介なことが起こる。

    雪が解けた後、道路には、歩きながら通行人が雪の中に捨てたと思われる

    ゴミがいっぱい落ちているのだ。

    小さいころから、道路に落ちているものは何でも食べてしまうマルコ

    は、そんなゴミをくわえるのに忙しい。

    こちらは、それを拾わせないようにするのが大変だ。

     

    最近は、雪が解けたあとの運河べりに、

    ろうそくのかけらがいっぱい落ちている。

    「雪明かりの路」のイベントで、雪の中にたくさんのろうそくをともしたのだが、

    そのろうの解けて残ったものが、残り雪に混じって落ちている。

    人間には、雪にしか見えないが、犬にはわかるらしく、

    マルコはそれを拾って食べている。

    いくら「だめ!」といっても食べるのをやめないので、

    本当に困る。

     

    それでも、少し歩きやすくなったので、久しぶりに

    船見坂を登ってみた。

    いつもは運河沿いの比較的平らな道をあるいているマルコが、

    この急な坂道を、よいしょよいしょと登っていく姿が

    おもしろい。

    犬の体形まで変わるのだから、この坂がどんなに急なのかわかる。

     

    坂の上には、富岡ニュータウンという新しい住宅地が広がり、

    すてきな家がたくさん並んでいる。

    洋風の家々を見ると、小樽じゃない感じがする。

    時代が変わったんだなぁと、つくづく思う。

    坂の上からは海が見え、「ほう〜っ」と息をつきたくなる。

    この急な坂を走って登って中学校へ通った遠い昔のことが

    よみがえってくる。

    学校帰りにこの坂を下り、海を見ると、

    自分は小樽育ちであることを、心底感じたものだ。

    あれから幾星霜、人生いろいろあったが、

    この風景だけは変らない。

     

    橋の上からすぐ近くの小樽駅につながる線路を眺める。

    中学時代も、線路を見ながら、

    自分の未来はどうなるのか、と漠然と思っていた。

    目の前の勉強に追われていたあのころから

    その後の人生、全力疾走したような気がしたが、

    振り返ってみれば、意外と短いような…

     

    東京の銀座で仕事をしたこともあったが、

    (クラブのママではない…) いま、人生の夕暮れ時を迎え、

    小樽で生きることにおおいに納得している。

    自分こそ、生粋の小樽っ子だと。

     

    港の夕暮れ

    春の港に海上保安庁の船の白がまぶしい

    船見坂。かなり急なのだが、写真で傾斜を写すのはむずかしい

     

     

    船見橋。この左下に小樽駅がある

    船見橋から見える線路

    船見坂近くの龍宮神社。鳥居の手前に神社があり、まっすぐ

    下ってトラックの方向へ行くと海に出る。海が見えている

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    | - | 14:46 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    船見坂は登っていくと住宅が途切れて、そのまま三角山の登山道に繋がっていく。その住宅が途切れるちょっと手前に祖父の家があって私が小樽潮陵高校に入った時暫く下宿をしていた。二階の部屋からの眺望は絶景で小樽の街の全景と港が一望でき夜景も函館に劣らない景色だった。祖父もこの景色が気に入って生活には不便な急坂の家を買ったのだと言っていた。冬はアイスバーンになって、タクシーも「お客さん、ここで勘弁してください」と言って途中で登攀を諦める事もしばしばあった。こんな坂の上が富岡ニュータウンになるなんてちょっと信じられない。みんな坂上の大変さより絶景に惹かれるんでしょうね。
    春になって残り行きの中から意外な物が出てくるのも懐かしい話です。ゴムの短靴の片割れ、手袋の片方なんかが出てきて、「あっ、出てきた、見つかった!」と大声で親に言って、みんなで大笑いした事を思い出しました。時々、野良猫の死骸も出てきたけどね…。
    | koishi3 | 2018/03/29 8:52 AM |

    銀座も色々。銀座に「〇〇漁網」という会社の東京支店があった。とても銀座とは思えないような古びたビルであった。その会社も倒産して今はない。元会社員を知っているが、今も東京でふてぶてしく生き抜いている。
    | 蛍 | 2018/03/30 8:12 PM |

    海上保安庁の船を見て、一番上の姉(もう故人)が結婚した人がひょっとしたら乗っていた船かも、と思い出しました。義兄に当たる人(もう故人)は測量部というところに勤務していましたので、船で3ヶ月くらい出掛けることもあったのです。結婚した当初、小樽に官舎があり、一度だけ母といっしょに訪ねたことがあります。その官舎は坂の上にあり、冬だったので上るのも降りるのも、とても大変なところだったと記憶します。私にとっては、これが最初の小樽でした。まだ小学生の頃の話です。
    | Wako | 2018/04/02 10:31 AM |










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