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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
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「ない」ことの良さ
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     本州の梅雨の影響を受けているのか、このところ小樽も
    ぐずついたお天気の日が多くなっている。
    緑も濃くなって、今が最高の季節なんだけど、
    ちょっと肌寒い日もあり、夏に向かって足踏み状態だ。
    車で少し走ったら、アカシアの花が満開で、大きな木に
    藤の花のような白い花房がたくさんたれ下がっている。
    ゆっくり歩くと、さわやかな花の匂いがするのだけれど、
    車で通り過ぎると、匂いが届かず残念。

    札幌は、よさこいソーランまつりで、昨日までおおにぎわいだった。
    今年は、愛知県犬山のチームが大賞をとったというので、
    北海道勢もちょっと情けない。
    それでも、色とりどりの派手な衣装を着けた若者が、
    力いっぱい踊るのを見ていると、この国が平和で、
    よいエネルギーが満ちていることを感じる。

    わが宿にも、全国からお客さんが次々にやってくる。
    何のおもてなしもできないのだけれど、
    昭和の雰囲気が漂う和・洋の部屋で、
    静かに一夜を過ごしてもらうと、思いがけないコメントを
    いただくことがある。

    「かもめやさんは、ウワサどおり?素敵な宿でした。
    シンプルで、こぎれいで、持たない暮らしの良さを教えてもらえるような
    ところでした。またゆっくり来たいと思います」という女性。

    またある日は、四国から来た中年ライダーは、夜遅くに着いて、
    しげしげと店の中を眺め、「いや〜、ここはよくリフォームしていますね」
    という。
    「私は一級建築士なんですけど、なかなかセンスがいい」
    といったので、「そうですよ、こう見えても、うちは、北海道の
    女性の建築士でも第一人者といわれる人がやってくれたんです。
    半年もかかって、2人で相談しながら、一つ一つ進めていったんですよ。
    彼女のセンスがわかってくれてうれしいです」と思わず自慢トークをする私。
    その人は、宿の感想ノートにこう書いていった。
    「かもめやさんのリフォームに感動しました。
    小樽らしさを残したきれいな宿でした。かもめやさんと女性設計士さんの
    時間がかかった打ち合わせが伝わってきました。
    失礼かもしれませんが、これだけ小さな建物を、すごく上手に宿として
    収めているなと思いました。また小樽に来たら、必ずお世話になろうと思います。
    いいものを見せていただきました」

    こんなにわかってくれる人がいるなんて、ほんとうにうれしい。
    ここを設計してくれた人は、プロとしてこだわりのある人だし、彼女も小樽っ子。
    古い建物に昔の小樽の気分を吹き込み、生かしたいと考えてくれた人だ。
    彼女も私も、小樽を愛する気持ちは同じだった。
    何か月も打ち合わせを重ね、そのたびに、2人で、「昔は小樽はこうだったよね」
    と、今よりもずっとずっと栄えていた昔の小樽を懐かしんだ。
    その思いが、この宿にはしみこんでいる。

    わが宿の部屋にはテレビがない。
    そのせいかどうか、お客さんが、「久しぶりでよく眠れました」といってくれる。
    そして、多くの人が「時間が止まったようだ。こんな経験は初めて」という。
    確かに、喫茶室にある、戦時中に作られた柱時計がよく止まっている。

    また、古い家具があるせいか「祖父母の家に来たみたい」という人も。

    人は時には「ない」経験をすることが必要かもしれない。
    ないことは、想像力を育てる。
    そして、ものごとを頭の中で期待したり、ありありと考えることができる。
    待つことの楽しさを知る。
    「ない」ことは、人間的な感覚をよみがえらせてくれる。
    ものがあふれ、一瞬にして情報が得られる今、「ない」ことは
    新鮮でさえある。

    「ない」こと哲学は、まだまだ深められそうだ。


    ツインの1室 昔の椅子
     
    | - | 14:56 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    今年は季節が進んでいるようで、こちらもいつもより早くアカシアの花がびっしり咲きました。もう散りつつあります。
    今一番行きたい町は小樽ですが、まだ行けそうもないので、かもめや日記を読んだり、小樽の街の写真を眺めて旅の気分を熟成させております。
    去年の秋訪れたとき、部屋の雰囲気がとても好きだな〜と思い夫といったにもかかわらず、その昔一人旅していたころの自分にあったような気分になりました。
    心安らぐこの雰囲気、そうだ帰ったら私の部屋もこんな風にしよう。ベットと古い木の箪笥、ガラスの明りそれ以外は置かないようにしよう、置いたとしても籠一個くらい、と思いました。また行きたいな。一年に一回は行きたいなと思っているのですが、それまでは想像の中で旅します。
    | 野羅 | 2016/06/14 9:47 AM |

    「ない」は単に「ある」の反対ではないですね。
    奥の深い「ない」哲学の宿「かもめや」。わかる人にはわかるんです。
    | takarinn | 2016/06/20 10:19 AM |

    佐藤光子さん、教会でお会いし「かもめや」のことを知り早速日記を拝見。ほっとさせられる文に励まされました。
     昨夜、私は9日間の伝道の旅ー小樽、札幌、北広島、深川、旭川、日高ーを終えて名古屋に戻りました。主の恵みでいっぱいの旅でした。今度は9月末からまた北海道です。
    | 渡邉賢治 | 2016/07/04 5:01 PM |

    私が最初に北海道に惹かれたのは、釧路湿原でした。そこは〈何もない〉所と言われてましたが、それは人間からの視点であり、〈自然がいっぱい〉でした。
    それは、0であり、空(くう)でもあると思うのです。0は総てを含みます。だから、目を閉じれば総てが見えるなんてね?

    例えば、かもめやの部屋は枯山水に近いかもしれません。もっと簡素でもいいですね。

    | John 1940 | 2016/07/08 12:58 AM |










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