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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
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錆びたナイフ
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     所用で札幌へ行こうと思って、小樽駅のホームを 歩いていたら

    なつかしい歌声が聞こえてきた。
     

     砂山の砂を 指で掘ってたら

     真赤に錆びた ジャックナイフが出てきたよ

     どこのどいつが うずめたか

     胸にじんとくる 小島の秋だ
     

    ああ、石原裕次郎だ。

    この歌は「錆びたナイフ」だったっけ。

    このごろ小樽駅では、観光客の心をひくつもりなのか、

    時々石原裕次郎の歌を流している。

    意外な努力をしているな、と思う。
     

    そう、裕次郎は兄の慎太郎と 大きな船会社の支店長だったという

    父の任地・小樽で幼少時代を過ごしたのだった。

    その船会社は、確か山下汽船だったと思う。

    この建物は、いまも運河の前にあって、中華料理の店になっていると思うが、

    古い洋風のシックなたたずまいは、外から見てもほれぼれとしてしまう。

    小樽の庶民は、昔からそれほど洗練されているとはいえないが、

    裕次郎のあの都会的な雰囲気は、この父の会社の建物を見れば

    なるほど、と納得する。

    こんなおぼっちゃまが小樽にいたんだ…。
     

     彼が日活のスターになって、彗星のごとく映画界に現れたときは、

    私もまだ子供だったが、親に連れられて、自宅近くの中央座という映画館に

    行ったものだった。

    その映画館は、駅前のアーケード街につながっている梁川通りの中央市場の隣にあった。

    外には、裕次郎のアクションスタイルが描かれた

    大きな看板がかかっていて、

    子供の自分は、迫力ある看板を見上げたものだった。

    まだ時々は時代劇を見ていた頃だったから、

    裕次郎をはじめとした若いスターが次々と出る日活映画は、

    子供にも新しい時代の到来を感じさせた。
     

     その頃は、裕次郎がこの町に住んでいたことがあるなんて、

    誰も知らなかった。

    今のようにネットなんてなかったから、

    彼の家の近所の人がうわさしていたとしても、

    小樽中には広がっていなかったのだろう。

     その家は小樽商大に向かう地獄坂の近くにあったらしい。
     

    彼が行ったという幼稚園は、わが自宅のすぐ近くにあって、

    子供達の声がよく聞こえてくる。

    彼は幼稚園に入園したのだが、砂場やブランコで遊ぶのに、

    順番を待っていなければならないというのにがまんできなかったという。

    「うちに砂場もブランコもあるのに、どうしてここで待たなきゃいけないの」

    そういってだだをこねて、すぐに幼稚園へ行かなくなってしまったそうだ。

    兄の慎太郎が「弟」という小説の中で語っている。

    その当時、家に砂場もブランコもあるなんて、

    やっぱりおぼっちゃまだ。
     

    最近、散歩がてら地獄坂を下って行ったら、

    稲穂小学校のわきの舗道にある大きな老木が切られて、

    切り株が目の前にあった。

    この木は、ゆうに百年以上はたっているにちがいない。

    裕次郎と慎太郎はこの小学校に通ったのだが、

    彼らがこの木にさわって遊んだことは間違いないと思う。
     

    石原裕次郎が歴史上の人物になって久しい。

    しかし、小樽の繁栄の時代を味わった男は、スクリーンの中で

    永遠に生きている。


    裕次郎が通った幼稚園の庭

    幼稚園の隣の富岡カトリック教会

    ステンドグラスが美しい教会の入り口

    | - | 13:21 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    裕次郎と慎太郎には異母兄がいます。
    父の前妻の子供で、前妻は産後まもなく亡くなったそうです。
    そして再婚して産まれたのが慎太郎と裕次郎です。
    異母兄の方は山下汽船ではありませんが、やはり船会社勤務で、私の若い時の上司でした。
    | Junko | 2015/12/12 11:49 AM |

    2010年7月12日のかもめや日記もご覧下さい。
    | 蛍 | 2015/12/13 2:02 PM |

    初めまして
    7月12日のも読ましていただきました。
    なんだかあの頃(昭和)の映画のシーンのごとく情景が浮かんできました。
    ホームに石原裕次郎の歌が聞こえてくるなんてちょっと粋ですね。きょう図書館に行ったら「旅の発見」というほんをみつけそのなかに「オレの小樽」(早瀬圭一)というのがあって、伊藤整や小林多喜二の跡をたどって小樽の街を熱病のごとく歩き回ったことが描かれていました。今伊藤整を読んでいるのですが名前しか知らなかった小林多喜二も読んでみようかと思いました。
    | 野羅 | 2015/12/18 10:06 PM |










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