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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
歌詠みの出会い
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    本州では桜も散ってしまったというのに、小樽の春は行きつ戻りつ、

    花の季節には、まだしばらくある。

    それでも、あちこちの枯れ草の中にふきのとうが顔を出し、

    白や紫の可憐なクロッカスが咲き始めた。

     

    こんな時期、大阪から歌詠みの旅人、Johnさんがやってきた。

    いつものように、釧路の古本屋さんのところへ行き、

    美瑛のなじみのペンションに数日泊まり、

    帰りにかもめやに滞在するという、恒例のパターンである。

    だいぶお疲れのようで、不眠症というこの人も、

    初日はぐっすり休んだようだ。

     

    今回は、かもめや宿泊に、オプションがついている。

    というのは、以前私が道新のコラム「朝の食卓」で

    「人を求めて」という文章の中に、

    こんなことを書いた。

     

    ─ 宿をやっていて気づいたのは、暮らしに不足がなくても

    心の飢餓に駆られ、それを埋めてくれる人を捜して

    旅に出る人がいることだ。…中略…

    (そこでJohnさんのことも紹介し)

    その人は、こんな歌を残していった。

    「世の中に、自分と合う人片手もおらず

    会うためならば、遠くても行く」 ─

     

    これを読んだ読者の女性から絵手紙がきた。

    華やかな絵に、ご自分の詠んだ歌も載せて、

    自分もこの人と同じ気持ちだ、といった。

    自分を理解してくれる人は少ない。そういう人がいたら、

    遠くても会いに行きたい、と。

    彼女は小樽から20分ぐらいのところの手稲に住んでいて、

    お年は90歳に近かった。

    以前にも、この「かもめや日記」に書いたことがあるが、

    新聞のコラムを読んで、かもめやに来てくれたことがある。

    宝塚の男役のスターみたいな、素敵な人である。

    それ以来、なにかと私のことを励ましてくれ、最近は、

    「歌詠みの旅人が来たら、お話ししてみたい」といっていた。

     

    そこで、今回、Johnさんの歌を書いたものを

    ファックスで流して、彼の到来を知らせた。

     

    街なかに わずかに残る雪の山

    汚れし跡は 寒さの芯か

     

    逢える時 逃せば時々押し寄せる

    後悔の波 いくどか経験

     

    初めての 人と言葉を交わす時

    心のとびら 少し開けつつ

     

    友だちと 止めどなく喋る奥さんの

    隣に座る 地蔵の旦那

     

    まだまだあるが、こんな歌を送ったら

    すぐに美しい筆文字の手紙が流れてきた。

     

    軒先の 垂氷ほそまり 日脚伸ぶ

    予期せぬ逢いあり イラン・カラプテ    

                           (アイヌ語で、よろしく、との意)

     

    又吾を すこやかなれと君は言う

    吾のみの知る 黄昏のビギン

     

      そして、「お会いできなくても、乙女のように

    ドキドキしてしまいました」と書いてある。

     

    そのあと、2人は電話で話した。

     

    またJohnさん 返歌を送る。

     

    長き旅、釧路・美瑛と廻り来て

    小樽にて歌はじめて浮かぶ

     

    齢90の媼居て 歌つくる

    その心意気 わたしも燃える

     

    哀しみは 水天宮の海の色

    かもめとなりて 還らぬ人よ

     

    何故ここにいるのか 小樽さむいんだ

    風を逃れる場所をさがして

     

    また彼女からの歌。

     

    地蔵様のお歌がありましたので…

     

    一寸の 段差にこけてしまう吾を

    抱きとめくれず「すまぬ」と地蔵

     

    そして、私に、「思いがけない機会をありがとうございました。

    このままお会いせぬまま、あの世に行くかも、と心残りでした」

    との言葉も添えてある。

     

    Johnさん返歌。

     

    窓の外 手稲の山の空高く

    舞い飛ぶ鳥に 心を乗せて

     

    いや〜 なかなかやるじゃないですか。

    5日間の滞在中、お二人の粋でみやびなやりとりを

    固唾をのんで楽しませてもらった。

     

    なんと、帰りの千歳空港までの途中で、二人は会うことになった。

    私は、そのやりとりとの仲立ちをすることに…。

     

    「Johnさん、よかったわね、これ、映画になりそうじゃない?

    おかみ役は樹木希林で…」そんな私の思いつきに、

    「希林さん、もう死んでますわ」と大阪弁が返ってきた。

     

    枯れ草の芝生が出た埠頭公園

    埠頭公園から天狗山を臨む

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    | - | 06:00 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    新天皇は庶民的?
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       例年よりも1か月も早く春が来た、なんて思っていたら、

      いやいや、そうは問屋が卸さなかった。

      またしても冬に舞い戻ってしまった。

      朝や夜は氷点下、昼間も最高2~3度という日があり、

      雪まで降った。

      それでも季節は間違いなく春の方向に向かっている。

       

      平成も終わり、新しい元号になるまであと2日。

      昭和生まれの自分は、いまだに昭和の気分が抜け切れていない。

       

      あの可愛かった浩宮様が、新天皇になるのである。

      そんないまの浩宮様を知る人物が、わが宿にやってきた。

      東京から1年か2年に1度、「自分へのごほうび」といって、

      かもめやに泊まりに来てくれる、女性のライターさんだ。

      年のころは40代後半か。

      男の子が3人いて、教育も大変なようだ。

      以前に来たときは、子供を有名高校に入れるための

      親の心得のようなことを語っていた。

       

      この人のライターとしての専門分野は、教育とお金のことだそうだ。

      そういうと、とても堅物のように思えるが、

      そこはかもめやに来る人だけあって、子供のように天真爛漫、

      気さくな男の子のようなカワイイ人だ。

      今年も元気にやってきた。

      「おととい、長男が一橋大学に合格したの」という。

      「あら〜すごいじゃない、おめでとうございます」

      というと、「うん、ありがとう。でもね、いつもうちにくる

      友達3人は、東大に合格したから、うちはまぁまぁってとこね」

      と。

       

      こういうと、彼女はものすごいエリートのようだが、

      うん、たしかにエリートなのだが、

      若いころに死ぬほど苦しんだことがあって、

      いま、こんなに元気に明るくいられる、そして、生きているのが

      うそのようでもある。

      初めて来たとき、私に、その辛かったことのほうを話してくれた。

      人は、どんなに暗い淵からでも、立ち直れるものだなぁと、

      彼女を見て思う。

       

      この人はチェロをやっていて、浩宮様と一緒のグループで

      演奏活動しているんだそうだ。

      浩宮様はビオラだ。

      「そうね、浩宮様とは、100回とはいわないけど、

      50回以上は会っているわね」という。

      「え〜っ、ほんと?」

      「そう、練習するときは一緒でしょ」と。

      「このあいだも、私、楽器のケースに、ムーミンの人形を入れているんだけど、

      それを浩宮様に見せて、これ知ってますか?といったら、

      浩宮様は、スナフキンはないの?っていったのよ」という。

      「世の中のことは、案外なんでも知っているみたいよ」と。

      そうか、天皇家の人も、意外と庶民的なんだな。

      そして彼女は、「浩宮様と一緒にバスで移動するときは、

      信号が全部青になるのよ」といった。

       

      このことは、昔、私が東京で仕事をしていた時に聞いたことがある。

      学習院出身の女の子がいて、

      彼女は浩宮様とゼミが一緒だったそうだ。

      やはりバスで旅行にいくとき、

      信号が全部青になった、といった。やっぱり本当なんだ。

      「みんなと集合写真を撮ったのをおばあちゃんに見せたら、

      宮様と一緒だ、といってとっても喜んだのよ」と。

       

      新天皇が、ますます身近に感じられるようになった。

      平成よ、サラバ。

       

      小樽築港駅の前方上にある、平磯公園のグランド

      平磯公園から天狗山方面を臨む

      右端に見えるクリーム色の建物が、koishi3さんの母校の

      高校だと思う

       

      平磯公園から見た小樽港

       

       

       

       

      | - | 17:10 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
      春早し
      0

        今年は例年より1か月ほど早く雪が解けた。

        いつもならまだ道路がぐちゃぐちゃしているところだが、

        すっきりと乾いたアスファルトの道が多くなってたきた。

        本州なら当たり前のことだが、北国の住人にとっては、

        雪のない道が出てきたというのは、季節が改まったサインで、

        ほんとうにうれしいことなのだ。

         

        季節がひと月早まるということは、うれしいはずなのだが、

        体はまだ前年までの習慣を引き継いでいるようだ。

        体が目覚めていないというか…

        土の中の種が、芽を出す準備を始めていないような、

        ちょっとした違和感がある。

         

        私は朝型人間で、夜はすぐに眠くなり、朝は割合早く目が覚める。

        一日のうちで、頭が一番すっきりしており、

        面倒なことも、この時間にはできる、

        そんなタイプだが、この間、久々に自宅で寝ていたら

        「ポー」という製缶のサイレンが聞こえた。

        かもめやのすぐ近く、運河のそばにある

        北海製缶の工場のサイレンが、

        駅の近くの自宅にまで聞こえるのだ。

        「あっ、製缶のポーだ! すると今7時半?」

        ちょっとびっくりした。

        朝はそんな時間まで目が覚めないことなんてないからだ。

        中学生か高校生ぐらいのときは、春先は茫洋として

        いつまで寝ても眠いような感じがあった。

        このときは、なんだかわからないが、

        草木が伸びるように、体の中で、人間が成長しているような

        感じがしたものだった。

         

        今は年を取っているにもかかわらず、あの時のあんな感じなのだ。

        人間は、植物と同じように、春になると細胞が活性化して

        眠気とともに体が変化し、活動期に入るのだろうか。

        それとも、老年期の傾眠か…

         

        マルコを連れて近くの運河公園に行くと、今までは雪が積もって

        中には入れなかったのが、だいぶ解けて歩けるようになった。

        昨年の秋まで、毎日のように行って、マルコをつないでいた

        桜の木のそばまで行ってみた。

        少し前まで雪で覆われていた草地があらわれているが、

        濡れた枯草が地面にべったりとはりついて、

        無残な姿をさらしている。

        それでもマルコは、思い出したように、木の根元のにおいを

        嗅ぎまわっている。

        動物は、どんな気持ちで季節の変化を感じているのだろうか。

         

        そんな季節に、またまた魔女子さんが作品を持ってきた。

        今度はジャズミュージシャンの絵を描いたカップだ。

        ピアニストのビルエバンスやエリックサティ、ビリーホリディなど

        カップの中にまでミュージシャンの顔が描かれている。

        どこにもない独特の色づかいは、彼女のアートの特徴だ。

        魔女子さんに季節はない。

        70代後半のいまのいままで、彼女の感性には

        真夏のような熱さがある。

         

        枯れ草が顔を出した運河公園

        公園の中は、まだまだこんな感じ

        「木の根元がま〜るく雪が解けたら、春になるんだ」といった

        亡き父の言葉を思い出した

         

        魔女子さんの新しいバッグ。木のボタンまで自分で彫ったという

        ジャズミュージシャンのカップ。真ん中のは、研ナオコに

        似ていなくもない…

         

        | - | 11:04 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
        寒さゆるみ、アーティスト来る
        0

          小樽の冬の一大イベント、「雪あかりの路」も終わって、わが宿も

          しんとした。期間中、夕方から夜にかけてお客さんの出入りも多く、

          私は、雪あかりを見に行くことができなかった。

          息子が、暗くなってから、急いで手宮線跡や運河周辺を

          見て回り、写真を写してきたのを見ただけである。

          中国や韓国、アジアの国々からたくさんの人が来ているというのに、

          地元の者は、案外こんなものだ。

          写真を見ただけでは、雪夜の寒さとか、

          ろうそくの火のほっかりとした温かさ、明るさは、

          なかなか想像できない。

           

          このイベントが終わったとたん、急に気温が上がり、

          雪が解け始めた。

          屋根から大量の雪がどさっと落ちたりして、

          軒下を歩くと危険なことがある。

           

          このところ、名古屋在住の友人、takarinnさんが、短歌を詠み始めた。

          昨年の春、思いがけない病になり、苦しい時を過ごしたのだが、

          回復するときに、歌とともに立ち上がったのである。

          本人は素人と謙遜するが、なかなかのものだ。

           

          日脚延び 温みとともにえも言えず 春に何かを恃まんとす

           

          白梅は 寒空のなか健気にも 時季におくれず一輪綻ぶ

           

          わが朋は 洒落と辛辣併せ持ち 童女そのまま 宿の女将よ

           

          多喜二と整 彼が育ちしは坂の街 その地に在りて 朋は書を読む

           

          と、移ろう季節の気配をいち早くとらえ、そして私のことまで

          詠んでくれた。

          ありがたいこと。私が駄文を長々とつづるより、歌の一首で

          すべてを語ってくれる。言葉の力は偉大なものだ。

           

          そんなとき、フェルトや陶芸でユニークなアート作品をつくる

          芸術家の魔女子さんがやってきた。

          70代後半にして、いつも目の覚めるような独特の美しい色づかいの

          作品を次々と生み出している。

          今回は、フェルトのキュートなバッグやマフラー、そして

          ピカソを思わせる大胆な絵を描いたコーヒーカップを持ってきた。

          細い体で、一日中、休みなく作品作りをしているとのこと。

          「創作をするとエネルギーが減るんじゃなくて、

          井戸のポンプみたいにますます水があふれてくるのよね」と私。

          芸術家が疲れを知らないのはそのせいだ。

           

          魔女子さんも、takarinnさんも、ほんとうに、

          汲めども尽きぬエネルギーをもっている。

          その作品に触れることで、こちらも感動とともに、生きる力を

          もらえる。

           

          動物好きの魔女子さんは、マルコをかわいがってくれ、

          「今日は、マルコに洋服を作ってきたの。かわいいでしょ」

          と言った。見せてくれたのは、フェルトで作った

          味わいのあるショッキングピンクのコートだ。

          背中に白い天使の羽根がついていて、胸には水色の蝶ネクタイまで…

          2歳半の今日まで一度も服を着たことのないマルコに、

          素敵な手作りのコートを着せようとした。

          息子がマルコを押さえ、魔女子さんが丸く開けた穴に

          足を入れようとする。

          マルコはいやがって、暴れるわ、かみつくわで、

          その抵抗は半端じゃない。

          人にはかみつかないマルコが、ついに「ワウー」といって

          息子の手にかみついた。

          「やられたぁ〜」と彼。

          命がけで着せたかわいい洋服。

          着てみると、なかなかすてきだ。

          マルコも、さっき暴れたのは忘れたかのように、すましている。

          それにしても、犬の辞書に「おしゃれ」という文字はない。

           

          こんなマルコのことを、takarinn さんは歌に詠んでくれた。

           

          マルコとう聖人の名を持つ猟犬あり 

                  小首傾け主(あるじ)に寄り添う

           

          マルコ君 主の為せる長電話 時に大きくバウアウアウ

           

           

          雪あかりの路

           

          この服を着るのに大暴れしたとは思えないマルコ

          魔女子さんのフェルト作品

          色と形のユニークさは独特のもの

          真ん中のカップは、ピカソのゲルニカを思わせる

           

           

           

          | - | 19:56 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
          よみがえった古い椅子
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            札幌の雪まつりが始まった。

            今朝は珍しく気温が高くて、雨が降っていたので、

            雪像が解けるのではないかと心配したが、午後から急に吹雪になり、

            小樽は視界が悪くなって、先が見えなくなるほどだった。

            北国の住人は、雪まつりは、あったかい部屋にいて、

            テレビで見るのが一番、と思っている。

            それでも、わが宿には、本州からのお客さんが、雪を見にやってくる。

             

            そんなかもめやに、うれしいことがあった。

            店を始めてから12年目になり、喫茶室の昔の椅子のクッションが

            だいぶ古びてきた。

            といっても、椅子自体はもともと古いものだった。

            昔の会社や事務所のどこにでもあった事務机につきものの椅子だ。

            この椅子に愛着を感じ、開店の時、喫茶室のアンティークのテーブルに

            合わせて使いたいと思ったのだった。

            初めに、店の看板を作ってくれた彫刻家のリョータが

            素人ながら器用で、この椅子のカバーを張り替えてくれた。

            それから11年。どれくらいの人がこの椅子に座っただろう。

            生地もすりきれ、おまけに犬がかじった。

            ちょっと情けない風貌になったので、

            クッションカバーを張り替えたいなぁと思った。

            普通の人なら、20年前に椅子ごと捨てているくらいのものである。

            木枠自体も、相当古いものだ。

            まぁ、戦後のものではあろうが、少なくとも50年はたっているだろう。

             

            なぜか自分は、この椅子が好きだ。

            昔の商店や会社の事務所、図書館なんかにもあったかもしれない、

            紺のビロードのような生地が貼ってある椅子だ。

            どこか、張り替えてくれるところはないだろうかと考えていた。

             

            あるとき、札幌の近代美術館の筋向いのショウウインドウに

            椅子を並べている店を見た。ここは、店なのか、会社なのかわからず、

            一般の人には縁がなさそうな感じだ。

            ネットで調べてみると、椅子やさんで、大正14年創業、椅子の張替えもしている

            と書いてある。「川原木椅子店」。

            思い切って行ってみようと思い、息子と2人、ボロボロの椅子を車に積んで行った。

            お店の人にあきれられるかと思いきや、こちらのこだわりの話を聞いてくれ、

            年配の職人さんが「木枠がガタガタしているが、なんとかやってみます」

            といってくれた。

            数日後、息子が引き取りに行った。

            なんとまぁ、あのボロ椅子が、美しい紺色のビロードのカバーをまとって、

            クッションもふっくらとここちよく、立派にでき上がっていたのである。

            椅子を愛する、仕事を愛する職人さんの心意気が詰まっている。

             

            もうこんな古いタイプの椅子を新しく注文する人は、どこにもいないだろう。

            どんなに豪華な新しい椅子よりも価値がある。

            この椅子が人々を座らせた50年の歳月は、お金では買えないものである。

            これを、わが宿の喫茶室に置いたら、その狭い空間が底光りして見えた。

             

            昨年秋、羽黒山へ行って「死と再生」を経験した私。

            この椅子も、そのテーマにちなんで、「再生」した。

            これに腰掛けると、静かなエネルギーが満ちてくる。

            昔の人のゆるぎない力を感じたい人は、この椅子に座りたまえ。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

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