SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
大阪のおばちやん来たる
0

     大雨で、日本各地が前代未聞の被害にあっているいま、

    その少し前に、年に一度は来てくれる大阪のおばちゃん2人連れが

    かもめやに滑り込んだ。

    あと1日でも遅れたら、台風で足止めを食らったかもしれない。

    珍しく、ニセコに3日ほどいて、最後に小樽にやってきたという。

    「よくいらっしゃいました」のあいさつに

    「おかみさん、元気そう。若くなったんとちがう?」とジュンコさん。

    「そんなことないわ。赤い服着てるからじゃない?

    くたびれはてているんだけど」とわたし。

    「なんか、きれいになったみたいやわ」

    「そ、そ〜んなはずないけど…」とちょっとうれしさを隠していると、

    「おかみさん…」これ、見て、と彼女。

    おなかのあたりで、左手のひらを上に向けてお皿を作り、右手を握って、

    お皿の上でこぶしをぐるぐる回している。

    んまぁ〜 ゴマをすってるしぐさだ。

    「やられた〜」

    まったく、大阪のおばちゃんにはかなわない。

    のっけからゴマすりなんだから。

     

    大阪から、今年も、漫才コンビがやってきた。

    最初のあいさつがこれだ。

    北海道の人は、どんなにユーモアがあっても、こういう会話にはならない。

    こんな話はできないのだ。

     

    ジュンコさんとヤエさんは、貝塚という町で、すぐ近くに住んでいる

    仲良し主婦だ。

    2人とも働いて、一緒に旅行するためのお金をためていると、以前に聞いた。

    どちらかが急に具合が悪くなったときなど、家族より早く気づいて

    病院に連れて行ったり、買い物をしてあげたりしている。

    遠い親戚より、近い他人とはこのことだ。

    おたがいの家庭をよく知っていて、悩みを打ち明けたり、

    一緒に喜んだり。

    つらいことがあっても、笑いで攻撃しあい、その場その場で

    とりあえず解消している。

    2人がモーレツな大阪弁になると、聞いている私には

    よく理解できないことがあるが、その雰囲気が面白い。

     

    「おかみさん、ずっと前に教えた『根性ばば』ってことば、覚えてる?」

    と聞かれ、「あ〜あ、そういえば、聞いたことあるわ。だけど、どんな意味

    だったっけ」というと、「ちがう、アクセントがちがう。

    こんじょうばば、やないの、こんじょばばなの」と何回も教えてくれるが、

    なかなかうまく言えない。

    「根性が悪い」っていう意味なんやけど…。ばばは、婆じゃなくて、

    悪いということらしい。

    言葉一つでも、関西と北海道はちがうなぁと、つくづく思わせられる。

     

    この日お客さんは、おばちゃんたちだけだったので、一緒に

    夜ごはんを食べに行こうということになった。

    お寿司か海鮮がいい、というので、久しぶりに魚真へ。

    寿司に刺身に焼き魚、てんぷら、なんでもある大衆料理屋だ。

    ビールを飲もうと思ったら、お通しに、なんと大きなホッケのフライが出てきた。

    どうだ、これが北海道だ!

    「えっつ、これだけでおなかがいっぱいになる」と言いながら、

    お寿司のほかに、わたしのおすすめ、「魚政焼」をたのんだ。

    ジャガイモにコンビーフ、ウニとチーズをかけてとろりと焼いたもの。

    北海道らしいいメニューで、昔から大好きな一品だ。

    「小樽は、なんでも量が多いなぁ」と大阪のおばちゃん。

    これだけボリュームのある料理をたいらげながら、酒の肴は、夫の悪口。

    これがまた食欲をそそるのだ。

     

    そうそう、ヤエさんが、「マルコがすっかり大人になって、

    おとなしく座ってる。前に来たときは、テーブルに縛り付けていたら、

    テーブルごと引っ張っていたよね」と、その変わりように驚いていた。

    2人とも犬を飼ったことがあり、それが死んだときの悲しさ、

    ペットロスについて語った。

     

    魚真の帰りは、暗い手宮線跡の遊歩道を、ほろ酔い加減で歩きながら、

    「ペットロスは、夫ロスよりつらいね」なんていって、

    笑いあった。

    「だけど、男はかなしいなぁ。自分の気持ちを、私たちみたいに

    しゃべらないものね」

    「かなしい、は、哀愁の哀。なべぶたに口。口にふたして、衣を着ている

    のが男やね」と。

     

    人生、楽しいことばかりではない。彼女たちにも深刻な悩みがある。

    でも、大阪人には、そんなことも、つかのま笑いのめす知恵がある。

    たくましいなぁ。

    つらい気持ちを和らげるツッコミの技は格別だ。

     

    「北海道のどこへ行ってにも、最後はかもめやに行かないと

    北海道に来たことにはならない」とヤエさん。

    「おかみさんと息子さん、それにマルコがいて私たちがいる。

    この雰囲気が、なんともいえずいいんだよね」とジュンコさん。

     

    あれっつ、この2人、またゴマをすっていったのかな。

     

    左、魚真焼き。ジャガイモにコンビーフ、ウニ、チーズかけ

    運河公園の噴水にカモがきている

    かもめや裏の線路跡、石倉のツタが紅葉をはじめている

     

     

    | - | 17:17 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    クラス会
    0

       大空を 刷毛で掃く如雲涼し 確かに時節(とき)は 秋を迎えり

       

       彼岸花 大地を突き抜け天に向け 一途に開く 迷い見せずに

       

      このブログに時々コメントを寄せてくれる学生時代の友人、

      takarinn さんの短歌だ。

      私の言葉をもってするより、この歌で、確かに秋を感じてもらえると思う。

      ご本人に断りもなく載せたので、怒られるかもしれないが、ゴメン!

       

      彼女は突然の病から回復し、半年ぐらいたってから、

      猛烈に歌を作り始めた。

      病前病後の落ち込みも大きかったが、歌に託しての立ち直りはすごい。

      ご本人は初心者と謙遜するが、同時代を生きた友の感性には、

      いつも心を揺さぶられる。

      彼岸花の歌などは、本当に潔さとつよさが見られ、

      彼女自身を見ているようだ。

       

      人生走り続けて、そう遠くない距離にゴールが見えてきた今。

      身内と同じくらい、あるいはそれ以上になつかしく思え、

      また頼りになるのが学生時代の友人たちだ。

       

      先日、札幌でミニクラス会があった。

      札幌の小さな女子大の国文科に在籍していた当時、

      1学年60人ぐらいだったが、

      すでに鬼籍に入った人もいて、集まったのは15人。

      いつも顔を見せる人も、体調が悪くて来られなかったり。

      だんだんそうなるんだなぁ、と寂しく思う。

       

      食事が始まる時間に、まだ来ない人がいて、

      お世話役のちえさんが電話した。

      電話の向こうから、「あら、お久しぶり〜」の声が。

      「え〜っ、あの人、今日のこと、忘れてるんだ…」

      と、待っているみんなはびっくり。

      「そういえば、私も今日の会場、彼女にはっきり伝えたかなぁ」

      と、ちえさん。

      そうか、これからは、忘れるってこともあるんだ。

      「残念ながら、出席できないわ。ごめんなさい」と電話の彼女。

      すぐに、「やっぱり行きます」との連絡が。

      ほどなく彼女がやってきた。

      すてきにおしゃれして、さっそうと現れたその人は、まるで

      宝塚のスターみたいだ。

      「あれ〜っ、早い! 近くの事務所から来た芸能人みたい」とわたし。

      「うん、すぐ近くに住んでるの」と、また芸能人らしい答え。

       

      みんなが近況を語る時があった。

      身内をなくした人、転んでけがをした人、渓流釣りをしている人もいれば、

      ゴスペルを歌っている人もいる。すでに書道の大家になっていて、これから

      与謝野晶子の歌や芭蕉の句を書いてみたいという人もいた。

       

      私は、昨年夏、芥川龍之介の命日あたりから、芥川にとりつかれ、

      半年かけて、全集12巻を読んだことを話した。

      「不思議なんだけど、夫婦でもない、友達でもない、なんだか

      半分、芥川本人が入ってきているような感じになったの。

      こんな体験は初めて。芥川のことなら、何でも聞いて」といった。

      すると、遅れてきた宝塚女史が、

      「あら、あなた、それ、お筆先っていうのよ。

      世の中に、そういう経験している人、たくさんいるのよ。

      ベートーベンが降りてきて、そこそこの曲を作曲してる人もいる

      っていうし。だからあなたも書きなさいよ」といった。

      「え〜っ、お筆先? そんな言葉、初めて聞いた…」

      そんな声が、あちこちから聞こえる。

       

      彼女は、昔から、インテリジェンスの人だったが、こんなことを

      知っているとは。

      後で調べると、お筆先とは、ある人に、神が降りてきて

      神の言葉を書き記す、自動書記といわれる現象のようだが。

      俗にいうと「狐つき」みたいなことでもあるのか。

      でも、まぁ、狐じゃなくて、小説家でよかった…

      このことから、二次会では、スピリチュアルな話に

      花が咲いた。

       

      ここにtakarinn さんがいたら、どうだろう。

      アカデミックな話になっているのでは。

      私たちを学生時代に一気に引き戻す彼女の歌がある。

       

      七度まで 一気に読み込む本のある 若き日想う「されどわれらが日々」

       

      takarinn さん、無断であなたの歌を載せてすみません。

       

      手宮線跡のななかまども色づいて

      ツタが紅葉するのも、もうすぐ

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 11:58 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
      きのこの里へ
      0

        夏の疲れを引きずって、9月も終わろうとしている。

        たくさんの旅人を迎え、人様の旅情をたっぷり味わわせてもらったが、

        自分の気持ちに余裕がなくなって、

        井戸の底がカラカラに干上がっている。

        どうにかして、水を補給しなきゃ。

        そうだ、自分も出かけよう。

         

        そんなとき、知り合いから落葉きのこをもらった。

        山にはもうきのこが出ているんだな。

        ふと、長年行ってみたいと思っていたきのこの里を思い出した。

        旭川から1時間ほどのところにある「愛別」という町だ。

        もう7〜8年前に、この町から女性のお客さんが来て、

        この町できのこがとれ、きのこ料理を食べさせてくれる温泉があると聞いた。

        山菜料理が好きな私は、一度食べてみたいなぁと思っていた。

        一人で、どうやって行けばいいのかな?

        旭川に学生時代の友人、ちえさんがいる。

        彼女に電話すると、すぐにのってくれた。

        「私も行く行く〜。肩が凝って、一人で近くの温泉にでも行こうかな

        と思っていたの」

        旭川から彼女が車で連れて行ってくれるという。

        なんという幸運。

         

        札幌からJRで北に向かうと、黄色く色づいた田んぼが広がる。

        はるかかなたの山すそまで、一面黄色のじゅうたんを

        敷き詰めたような広大な石狩平野。

        これが北海道の風景だ。

        小樽と札幌しか行き来しない私には、ちょっとしたカルチャーショックだ。

        ほんとうに、北海道を知らないんだなぁ。

        それにしても、列車で北へ向かう景色は、とても寂しい。

        北帰行の心境が深く心にしみた。

         

        旭川駅では、花のように明るいちえさんが迎えてくれた。

        駅はとても広く、横に長〜いガラス張りの休憩スペースがあり、

        その向こうに美しいイングリッシュガーデンが広がっていた。

        ちょうど萩の季節で、赤紫の花の房が小川のふちにしだれている。

        日本中で、こんな素敵な駅の風景があるだろうか。

         

        彼女の運転で、平らでひたすらまっすぐな道を進んだ。

        愛別の町に入ってしばらく田んぼの道を行くと、

        山すそに、ポツンと一軒家。

        いや、ちょっと大きな公民館みたいな建物が。

        ここがこの町の温泉宿だ。

        協和温泉は、1970年代を思わせる、懐かしいたたずまいだ。

        都会のおしゃれなホテルもいいが、肩の力が抜けた

        こういう宿が好きだ。

        大きい銭湯のような温泉につかり、

        夜は待望のきのこ料理に目を見張った。

        なめこにしめじ、しいたけにえのき茸、舞茸、そして、今の季節、

        落葉松の下に生えるラクヨウきのこ。

        これが、あえもの、煮物、しいたけの刺身? てんぷらに柳川なべ、

        土瓶蒸しと、よくぞ考えられたと思うくらいの料理になって

        次々と運ばれた。

        最後のほうは、おなかがいっぱいになって、

        食べられなくなりそうだったが、

        「絶対にたべ切るぞ」と決心し、ついに完食。

        テレビの大食い番組のギャル曾根みたいだ。

        一度は食べてみたいと思っていたきのこ尽くしの料理。

        長年の思いがかなった。

         

        中学校の熱血教師だったちえさんは、在職中、暴力男子生徒にぐるりと

        取り囲まれ、「なぐられたいのか!」とすごまれたという。

        彼女は、ひるむことなく彼らを去らせた、という話をしてくれた。

        長年付き合っている親友でも、まだまだ初めて聞くことがある。

        「やっぱり、会って話すと違うね」と、改めて友達の深さを

        知った思いがする。

         

        帰りはまた、学生時代の友人がいる砂川に立ち寄った。

        ちえさんも「私も行く!」と一緒に電車に乗った。

        この行動力、ノリの良さが、彼女の身上で、

        友人たちの信頼を集めるゆえんだ。

        砂川でも、ヒロコさんと3人で、食べる、しゃべる…

        女のリフレッシュ術は、「食べる」と「しゃべる」に尽きるようだ。

         

        わが宿には、一人旅の男性がよく来る。

        しゃべらない男性は寿命が短いというのが、よくわかる。

         

        この旅の写真を写して、ブログにのせようとしたら、

        パソコンに取り込んだ映像が消えてしまって、戻らない。

        あ〜ぁ、またか。

         

        旅から帰ったら、枝幸のアーティスト、

        手作り作家のこずえさんが

        新しい作品を持って、泊まりに来てくれた。

        以前に来た時、小さくてカラフルなモチーフを編んでいたが、

        それをつなぎ合わせたマフラーが出来上がっていた。

        フランスのソフィー・ディガールという作家の作品を

        写真で見て真似た、というが、その想像的創造力は、

        ほんとうにすごい。

        かわいいアートなバッグもみせてくれた。

         

        愛別の写真が消えたので、秋の手宮公園の写真を

        紹介する。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        | - | 07:21 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
        あんな旅、こんな旅
        0

          9月になったのに、昼間はまだまだ暑い。

          夏の疲れが出てきたのか、体のあちこちが、なんとなく不調だ。

          この間も、夕方、おなかが痛くなり、お客さんが来ているというのに、

          起きていられない。

          救急病院へ行こうかと思ったが、かろうじて大丈夫かな、

          という感じだったので、お客さんに、「申し訳ないのですが、

          ちょっと具合が悪いので、2階で休んでいます」といって、

          倒れこむように寝てしまった。

          そういえば、去年の今頃、地震があり、2日間停電になった時も、

          非常事態を必死で乗り越えた後、めまい、吐き気…などで

          病院へ駆け込み、半日点滴をしてもらって、病院で寝ていたことがあった。

          人は、疲れがたまっていることと、そのために体が壊れてきていることには

          なかなか気づかないようだ。

           

          毎日、全国からいろいろなお客さんが訪れる。

          旅の目的も、単なる観光だけではなさそうで、先日も、

          舞鶴からフェリーに乗って、夜の9時も半ば過ぎに到着した若い男性がいる。

          この時間にフェリーで来る人は、たいてい車かバイクなのだが、

          この人は、フェリー乗り場から歩いてきたという。

          うちの宿まで3km以上はある。

          「え〜っ、歩いてきたんですか?」というと、「はい、ぼくは歩くのは

          平気ですから」と。

          いまどき頼もしい若者もいるんだ。

          その人は、舞鶴から1日船に乗ってきて、小樽に着いたばかりなのに、

          「明日、苫小牧から千葉の大洗まで、またフェリーで帰ります」という。

          「それじゃあ、せっかく北海道に来たのに、何も見られないじゃないですか」

          というと、

          「ぼくは、船の上でゆっくりするのが好きなんです。それが楽しみで…

          フェリーに乗るために来たんです」と。

          ふーん、いろんな人がいるんだなぁ。

           

          また、ある日は、2歳だという女の子を連れた若いお母さんが

          車でやってきた。

          関西からフェリーで来て北海道を旅し、明日はまた車ごとフェリーで帰るという。

          このごろは少子化のせいか、若い女性が、小さな女の子の世話をしている

          光景は、あまり見られなくなった。

          よほど疲れていたのか、親子は一晩静かに過ごして、帰るとき、

          彼女のおなかを見たら、臨月のようでもある。

          「あら、おめでたですか?」ときくと、

          「ええ、来月出産なんです」と。

          「えっ、そんなときに、車で旅行して大丈夫なの?」

          と驚く私に、「子供が2人になったら、しばらくは、もうどこへも行けないと思って、

          この2週間ほど、知床の方をず〜っと回ってきました」

          「ご主人は心配してなかった?」と聞くと

          「主人は、なにかあったらどうするんだ、といって反対してましたけど」

          そりゃそうでしょう…と、赤の他人のばあちゃん、つまり私でさえそう思う。

          「私も、船の中でも何かあったらどうしようと思ったけど…」

          船の中より、知床を車で運転している最中に、陣痛、なんてことになったら…。

          なんて、心配している私の前で、小さな女の子は

          お母さんのおなかに体当たりして、ど〜んとぶつかっている。

           

          あぁ、若いってことは、こういうことなのね。

          向こう見ず。こわいもの知らず。

          そうか、それでいいのかもしれない。

          ふと、自分の若き日の恐れを知らない行動の数々を振り返った。

          よく、いままで生きてこられた…、自分のことだ。

           

          若いお母さんは、大きなおなかで子供を抱き上げ、車に乗せて、

          笑顔でハンドルを握り、立ち去った。

           

          宿の感想ノートに、「子供が生まれて、旅行ができるようになったら、

          またここにこようかな」と書いてあった。

           

          かもめや園芸部の作品…アジサイのような花は何というのか?」

          店の向いの運河へ出る道(疲れて写真を写す力がない)

          店の近くの塩谷街道へ続く道

           

          | - | 07:37 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
          戦争について、芥川龍之介は語る
          0

            お盆も終わり。ご先祖のお墓参りに行った人も多いだろう。

            亡くなった人の霊が、親族のもとへ帰ってくるというこの期間。

            私はクリスチャンなので、お盆とは縁がないようだが、

            両親が眠るお寺の納骨堂に花をもって出かけた。

            亡き人の思い出に浸る静かなひととき、

            心が安らぐ。

             

            この日は終戦記念日でもあり、幼少のころ親たちから聞いていた

            戦争の記憶がよみがえってきた。

             

            私が小学校に上がる前は、まだまだ戦争の跡が町にも人々にも

            残っていた。人出の多いお祭りなどのとき、

            戦争で負傷した傷痍軍人という人が、白い着物を着て

            軍隊の帽子をかぶり、松葉杖をついたりして通りに立ち、募金を乞う姿を

            見かけたものだった。そんな姿を見て、戦争はこわいものだということを

            子供心に深く刻んでいた。

             

            亡き人の霊が、親しい人のもとへかえる、ということはあると思う。

            私が小説家の中で最も親しく思う芥川龍之介の命日が7月24日だった。

            昨年の命日のころから思いがおこされ、彼の全集を半年かけて読破した。

            生身の彼の日常の言動まで想像できるくらいになり、

            これ以上知ることもないだろうと思っていた。

            ところが、今年の芥川の命日の1週間ほど前、忙しいさなかに

            どうしても図書館へ行きたくなり、

            いつもは見ない、文庫本がぎっしり並ぶ棚を見ていた。

            すると、「芥川追想」という岩波文庫が目に入った。

            手に取ってみると、彼と親しかった室生犀星や萩原朔太郎などの小説家や

            編集者、友人知人、家族が、彼の死に際して、思い出を語っている

            のであった。

            「読んでくれ」とばかりに目に入ってくるこの本を借りて

            すぐに読んだ。

            彼の死の日のことが書いてあったが、数年前から心身が弱り、

            苦しんでいたのが、死に顔は美しく、安らかであったという。

             

            ところで、芥川は、大学を出てから、25〜27歳ごろ、生活のために、

            英語の教師となって、横須賀の海軍機関学校に赴任した。

            軍人志望の学生ばかりで、彼はあまり居心地がよくなかったようだが

            あるとき、一学生から「小説は人生にとって必要ですか?」

            という質問が出た。その質問には、芥川をやり込めてやろうという

            意気があったようだ。

            芥川は、「それなら、君に聞くが、小説と戦争とどっちが人生に必要です?」と。

            「戦争が人生にとって必要だと思うなら、これほど愚劣な人生観はない」と

            反撃に出て、その学生を黙らせたという。

            教室からは一斉に微笑が浮かんだ。…と教え子の生徒だった将校が書いている。

            芥川は、2〜3年で、この学校の教師をやめ、職業作家になった。

             

            私がこの本に出会い、このエピソードを知ったのは、

            ついこの間、終戦記念日も近い日のことだ。

            彼の魂は律儀で、時に応じて、愛読者に大切なことを教えてくれる。

             

            余談だが、お寺の帰りに、仁木町にある農園がやっているレストランに行った。

            畑の中にあるこの店は、ハンバーグがおいしい。

            久しぶりに堪能した後、この店のかくれた名物「ベリーパフェ」を食べた。

            いま農園でとれているブルーベリーのほか、ラズベリーなど、いろんな種類の

            ベリーがアイスクリームの上にのっている。世間広しといえども、

            本物のベリーが、こんなにいろいろのっているパフェはないだろう。

            このパフェは季節限定で、短い夏の期間しかやっていない。

            何年ぶりかでこれを食べ、忙しいこの時期の疲れがいやされた。

             

            仁木町の農園が経営しているレストラン「ベリーベリーファーム」

            ハンバーグがとってもおいしい

             

            ベリーがいろいろ入った、とっておきのパフェ

            小樽と仁木町の間の余市海岸

            | - | 11:04 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |