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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
戦争について、芥川龍之介は語る
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    お盆も終わり。ご先祖のお墓参りに行った人も多いだろう。

    亡くなった人の霊が、親族のもとへ帰ってくるというこの期間。

    私はクリスチャンなので、お盆とは縁がないようだが、

    両親が眠るお寺の納骨堂に花をもって出かけた。

    亡き人の思い出に浸る静かなひととき、

    心が安らぐ。

     

    この日は終戦記念日でもあり、幼少のころ親たちから聞いていた

    戦争の記憶がよみがえってきた。

     

    私が小学校に上がる前は、まだまだ戦争の跡が町にも人々にも

    残っていた。人出の多いお祭りなどのとき、

    戦争で負傷した傷痍軍人という人が、白い着物を着て

    軍隊の帽子をかぶり、松葉杖をついたりして通りに立ち、募金を乞う姿を

    見かけたものだった。そんな姿を見て、戦争はこわいものだということを

    子供心に深く刻んでいた。

     

    亡き人の霊が、親しい人のもとへかえる、ということはあると思う。

    私が小説家の中で最も親しく思う芥川龍之介の命日が7月24日だった。

    昨年の命日のころから思いがおこされ、彼の全集を半年かけて読破した。

    生身の彼の日常の言動まで想像できるくらいになり、

    これ以上知ることもないだろうと思っていた。

    ところが、今年の芥川の命日の1週間ほど前、忙しいさなかに

    どうしても図書館へ行きたくなり、

    いつもは見ない、文庫本がぎっしり並ぶ棚を見ていた。

    すると、「芥川追想」という岩波文庫が目に入った。

    手に取ってみると、彼と親しかった室生犀星や萩原朔太郎などの小説家や

    編集者、友人知人、家族が、彼の死に際して、思い出を語っている

    のであった。

    「読んでくれ」とばかりに目に入ってくるこの本を借りて

    すぐに読んだ。

    彼の死の日のことが書いてあったが、数年前から心身が弱り、

    苦しんでいたのが、死に顔は美しく、安らかであったという。

     

    ところで、芥川は、大学を出てから、25〜27歳ごろ、生活のために、

    英語の教師となって、横須賀の海軍機関学校に赴任した。

    軍人志望の学生ばかりで、彼はあまり居心地がよくなかったようだが

    あるとき、一学生から「小説は人生にとって必要ですか?」

    という質問が出た。その質問には、芥川をやり込めてやろうという

    意気があったようだ。

    芥川は、「それなら、君に聞くが、小説と戦争とどっちが人生に必要です?」と。

    「戦争が人生にとって必要だと思うなら、これほど愚劣な人生観はない」と

    反撃に出て、その学生を黙らせたという。

    教室からは一斉に微笑が浮かんだ。…と教え子の生徒だった将校が書いている。

    芥川は、2〜3年で、この学校の教師をやめ、職業作家になった。

     

    私がこの本に出会い、このエピソードを知ったのは、

    ついこの間、終戦記念日も近い日のことだ。

    彼の魂は律儀で、時に応じて、愛読者に大切なことを教えてくれる。

     

    余談だが、お寺の帰りに、仁木町にある農園がやっているレストランに行った。

    畑の中にあるこの店は、ハンバーグがおいしい。

    久しぶりに堪能した後、この店のかくれた名物「ベリーパフェ」を食べた。

    いま農園でとれているブルーベリーのほか、ラズベリーなど、いろんな種類の

    ベリーがアイスクリームの上にのっている。世間広しといえども、

    本物のベリーが、こんなにいろいろのっているパフェはないだろう。

    このパフェは季節限定で、短い夏の期間しかやっていない。

    何年ぶりかでこれを食べ、忙しいこの時期の疲れがいやされた。

     

    仁木町の農園が経営しているレストラン「ベリーベリーファーム」

    ハンバーグがとってもおいしい

     

    ベリーがいろいろ入った、とっておきのパフェ

    小樽と仁木町の間の余市海岸

    | - | 11:04 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
    フランスからのお客
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      7月末から8月初めは、北海道にしては猛暑だった。

      しかし、お盆が近づくと、台風の影響か、雨が降り始め、

      だいぶ涼しくなった。

      本州ではまだまだ30度半ばのところもあるようで、

      酷暑にお見舞いしたい気持ちだ。

       

      以前に電話でフランスから予約をくれた家族が、泊まりに来てくれた。

      奥さんは日本人で、愛知県一宮市の出身。

      仕事で行った先のフランスで音楽学校に入り、

      ドラムを学び、そこで知り合ったフランス人の男性と結婚したという。

      ご主人はウッドベースの演奏者で、コンピュータの仕事をしている。

      いまは、ご主人の出身地、フランス北部のストラスブールに住んでいる。

      2人は、40代初めのジャズミュージシャンだった。

      小さな女の子と、小学生の男の子を連れてきた。

       

      奥さんが、愛知県の実家に帰省するときに、北海道の小樽に行こうと思って

      ネットで宿を探していたら、すぐにかもめやをみつけたとのこと。

      このかもめや日記を読んで、ここへ行きたい、そして私と話してみたい

      と思ったそうである。

      わたしはパリが好きで、ちょうどパリの街角を描いたユトリロの画集

      に見入っていたときに、フランス在住のこの人から予約の電話が

      かかってきたので、びっくりして、そのことをブログに書いた。

       

      この家族が来た日は、不思議に宿泊はこの家族だけだった。

      ご主人は見るからに感性豊かで優しそうな人。

      子供たちは、絵にかいたようなかわいらしくスマートなフランス人だ。

      家族はみんな日本語ができる。

      畳の部屋でご主人と子供たちはくつろいでいたが、

      奥さんは、すぐに喫茶室で私と話し始めた。

       

      彼女は、フランスに住んで18年だという。

      大学で英文学を勉強したのに、仕事でフランスに行くことになり

      転機があって、音楽の世界に入ったようだ。

      それもドラム。

      女性のジャズドラマーということだが、私は、音楽のジャンルで

      一番好きなのはジャズだから、不思議なご縁だ。

      それにしても、ドラムとは。

      威勢のいい体育会系の人かと思うが、全く違う。

      小柄で物静かな人だ。

      この人のどこにそんなエネルギッシュな情熱がひそんでいるのかと思うが、

      多分、「ひそんでいる」とは、そういうことなのだろう。

      ご主人は、体は大きいが、目が優しい、繊細な感じの人だ。

      ベース奏者とドラマー。

      演奏の時は、激しく熱いバトルを繰り広げるのだろうが、

      それぞれの楽器の演奏を尊重しつつ、自分のパートを花開かせる。

      ジャズの楽しさは、アドリブとソロ。

      自分の楽器の番がきたら、ここぞとばかりに遊び、暴れまくる。

      しかし、全体としては、常に他者の演奏に真剣に耳を傾けていなければならない。

      調和の中での個性炸裂!

       

      この夫婦のありかた、静かなたたずまいを見て、

      ミュージシャンの本質を見たような気がした。

      2人の子供たちは、騒ぎたい、暴れたい盛りなのに、

      ひっそりと静かにしている。

      「おとなしいわね」というと、

      「おにいちゃんはゲームをやっているから」と。

      妖精のようなかわいい女の子が、時々お母さんの所へ来て

      静かにおやつをねだる。

      するとお母さんは「一つだけね」といって

      グミの小さな袋を開ける。

      女の子は、おずおずと袋の中から、小さなグミを一つだけとって

      ニッコリし、部屋の奥へ駆けて行った。

       

      しつけがいいなぁ…と、私はひそかに思う。

      なんでも子供の言うまま、大きな袋ごとお菓子を与える親もいる

      日本人とは大違い。

       

      奥さんとは不思議にウマがあい、旧知のごとく話が進んだ。

      フランス人女性の話になったが、「フランスの人は、

      女であることを意識しつつ、とっても強いのよ。自己主張が…」

      「ドイツ人は、戦争に負けたので、教育の中でも

      自分を抑え、反省する事を学んでいるけど」フランスには

      それがなく、特に女性が強いという。

      そうか、マリーアントワネットの性質を受け継いでいるのかもなぁ。

      そんなフランス女性の個性を目のあたりにして、

      彼女は、日本人としての控えめな性質を意識するようになったのだろうか。

      日本人でも今は少なくなった、自分を抑える静かなたたずまいが

      にじみ出ていた。

       

      昔の日本人のよさ。それは、ただ古いというだけでなく、

      世界の国々のなかにあっても、静かに光る。

      異質な人々のなかで、個性が際立ち、アイデンティティーがにじみ出る。

      それは、彼女の生来の人柄であるとともに、

      ヨーロッパでジャズをやることから生まれてきた

      人としての成長の軌跡かもしれない。

       

      ユトリロのフランスの絵

      小樽ニトリ美術館の庭で、風鈴まつり

      風鈴の向こうに石造りの建物が見える

       

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 07:57 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
      オホーツク海沿岸のアートな暮らし
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        ここ数年、オホーツク海沿岸の稚内に近い枝幸町から

        アートな女性が来てくれる。

        以前にもこのブログで紹介したが、編み物の達人で、

        素敵な模様の手袋をいただいたことがある。

        いつも、札幌に用事があって、バスで5時間もかけてくるのだが、

        小樽に用事がなくても、わが宿に泊まりに来てくれる。

        その際、着ているもの、バッグは、すべて手作りだ。

        カラフルな糸で緻密に編んだアートなバッグは、いつも私のあこがれだ。

        自分で作ったなどとはとうてい思えない手の込んだもので、

        お店では見たこともないデザインの芸術作品である。

         

        今回も見せてくれたのは、カラフルな花模様のモチーフを

        オフホワイトのバッグに組み込んだ、かわいらしく美しいデザインのものだ。

        「これは、フランスのソフィー・ディガールという有名なデザイナーの

        作品を写真で見て、真似して作ったの」と彼女はこともなげにいった。

        本物の写真をスマホで見せてくれたが、それこそ手が込んでいて、

        独特の優しい色使いが美しく、世界中に人気があるというのもわかる。

        しかし、今日見せてもらったものは、それにそっくり。

        本物といってもいいほどのものだ。

        「えーっ、これ、作り方が書いてあるの?」ときくと、

        「いいえ、ないの。写真を見て、どうやって作るのか、すごく考えたの」

        という。

        ただただあっけにとられて、この人のものを生み出す力に感動した。

         

        洋服も、麻の自然な色合いの生地で彼女が作った、ナチュラルなデザインだ。

        失礼だが、北海道の北のはずれの流氷が来る枝幸町に、

        こんな生地や手芸の材料は売っていないだろう。

        「ほとんどネットで取り寄せるの。これを探すのが楽しくて」という。

        60歳を過ぎているという彼女は、フルタイムで働きながら

        夜も寝ないで?手仕事を楽しんでいる。

         

        「好きな花も植えているの」といって、自宅の庭の花が咲いている様子を

        スマホで見せてくれた。

        なんと、都会の園芸品売り場では見たこともない珍しい、たくさんの種類

        の花々が咲き誇っている。

        これらの花の種や苗もネットで取り寄せているという。

        なんでも身近で売っている都会で、こんなに豊かな暮らしをしている人が

        いるだろうか。

        主体性をもってネットを活用し、必要なものを取り寄せる。

        現代の日本なら、どんな場所でも、好きな暮らしができることを知った。

         

        さて、忙しい毎日だが、朝夕のマルコの散歩は欠かせない。

        ふっと息抜きに、町はずれのドッグランにマルコを連れて行った。

        いろんな種類の犬たちが集まって、飼い主やほかの犬と遊んでいる。

        犬好きの人は、愛犬を目の中に入れても痛くないくらいかわいがっている。

        マルコも久々にリードをはずされて、好きなように歩き回っていたが、

        ときどきほかの犬と鼻先をくっつけてあいさつしている。

        犬同士はほとんどけんかをしないのが不思議だ。

        どの犬も、えさを十分にもらい、飼い主に大事にされているからだろう。

         

        愛犬家たちに読んでもらいたい本がある。

        「ハラスのいた日々」。ドイツ文学者で小説家の中野孝次の作品だ。

        子供のいない小説家が、愛犬を散歩させながら文筆活動をする日々を描いた

        もので、これほど犬を愛する人の心にしみる小説はない。

        犬がいると、日常の活動が制限されるようになるが、それでも

        犬は、なくてはならない存在になる。

        飼ってみなければわからないだろうなぁ。

        マルコもそんな家族の一員になってきた。

         

         

        枝幸在住のkさんの作品。2点

         

        フランスの有名デザイナー ソフィー・ディガールの作品を

        写真で見て作ったというバッグ

         

        ドッグランで出会ったマルコと気が合うらしい

        気立てのやさしい犬

        ゆっくりついてくるゴールデンレトリバー

        「おまえ、名前はなんていうんだ?」マルコに話しかける

        バーニーズマウンテン

        ヒソヒソと三者会談。ゴールデンが「おまえ、バーニーズ

        マウンテンには気をつけろよ。あいつはいろんな犬の

        個人情報を探ってるんだから…」とマルコに耳打ちしている

         

        | - | 16:56 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
        ライダーたちの休日
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          ゴゴゴゴゴー、ボコボコボコ…

          夜の9時。玄関前で大きな音がする。

          よく見ると、バイクが4台止まって、ヘルメットをかぶった男たちが

          降り立った。

          「こんばんわ、今晩泊まるものですが…」

          「いらっしゃいませ、フェリーでいらしたのですね」

          皮ジャンに皮のズボンで身を固めたかっこいい中年男性が4人。

          確かにかっこいいが、この服装で夜の店内に男がぞろぞろ入ってくると、

          ちょっとこわい感じもしないではない。

           

          向かいの駐車場にバイクをおいて、それぞれが大きな荷物をもちながら

          ドヤドヤと…

          今日は、和室の8畳に4人で寝るという。

          「ちょっと窮屈ですが、いいですか?」というと

          「いいのいいの、寝るだけでいいんだから」と一人の人が言う。

          奈良から来たというこの人たちは、舞鶴からフェリーに乗り

          1昼夜もかかったのだろう。

          「荷物は少し喫茶室に置いてもいいですよ」といったら、

          ずらりとヘルメットを床に並べた。

          それから、「すぐそこの焼肉屋へ行こう」といって、

          元気に出て行った。

           

          フェリーで来る人達は、長い船上の旅で、陸に上がると

          解放された気分になるようで、夜遅くても、少しでも外を歩こうとする。

          この人たちはマナーがよく、夜は静かに過ごしていた。

           

          翌朝、出発の時間、店の前にずらりとバイクが並んだ。

          それもピッカピカ。なかなかいいものみたいだ。

          息子は自分も学生時代に乗っていたので、興味深々。

          それぞれのバイクのことをあれこれ聞いている。

          これから稚内の方へ行くのだという。

          同じ職場の仲間だというこの人たちは、人間関係もよさそうで、

          いい職場なんだなぁ、と思わせられる。

          職場から補助金も出ていて、まとまった休みもとれる、

          恵まれた環境で仕事をしていることが想像される。

           

          リーダーらしき人が、「ぼくはもう10回も北海道にきているから

          道はわかるんだ」といって、ほかの人たちに行き方を指示していた。

          店の前でしっかり荷物を積んだ4人は、笑顔でヘルメットをかぶり、

          「仮面ライダー出動!」みたいな感じで

          バリバリバリ、ゴーッと去っていった。

           

          日本では今は珍しくなったサラリーマンライダーは、

          なかなかに品がよく、会社の品位まで想像させられた。

           

           

           

          出動前のミーティング?

           

           

           

           

           

          | - | 07:55 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
          北に一星あり
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            早朝、まだ寝ているお客さんもいる時間に、

            玄関の戸をがらりと開けて、「こんちわ〜元気でやってる?」

            と大きな声であいさつしながら、店の中をのぞいている年配の男性がいる。

            誰かと思っても、わからない。

            「おれだよ、おれ。Mだよ。以前に2回も泊ってるんだよ。

            一度は家内も一緒だった」

            しばらく記憶の底を探ってみて、ようやく思い出した。

            「来月は、商大の同期会があるから、みんなで集まるんだが、

            帰りにここに泊まろうかと思って。まだやってるのか、見に来たの」

            そう、この人は、小樽商大のOBで、10年前、やはり同期会がある

            といって、この宿に来てくれたのだった。

             

            「まぁ、そうでしたか、よくいらしてくださいましたね。

            お元気ですね。おいくつになられましたか?」と私。

            「85だよ」

            それにしては若々しい。声が大きいのは、少し耳が遠くなっている

            のかもしれない。

            85歳での同期会というのは、集まるのに難渋する人もいるだろう。

             

            長い長い地獄坂を上ったてっぺんにある小樽商科大学に、

            この学校を象徴するこんな言葉がある。

             

            「北に一星あり。小なれど、その輝光強し」

             

            この短い一文を自分が知ったのは、近年のことだが、

            この言葉には、母校を誇りに思い、そこに学ぶ者の自負とともに

            小樽を誇りに思う気持ちも込められていると思った。

            昭和11年に、学生が学校新聞に書いた言葉だというが、

            これを書いた人の矜持が伝わってきて、胸が熱くなる。

             

            母校を愛する気持ちを持ち続けて人生を歩んだMさんとその仲間たちが、

            老境を迎えて、「もう一度学校に集まろう」と思ったその気持ちに

            心打たれた。

             

            同期の仲間は170人いるのだが、「今は100人。70人は亡くなったよ」

            とMさん。

            「ところで、奥様はお元気ですか」

            「それがねぇ、去年病気で亡くなったんだ。いま、ぼくは娘と暮らしている」

            なんともやるせない気持ちになったが、それにしても、

            明るくかくしゃくとしているこの人に、現役時代のことを聞いてみた。

            「学校を出てから、どういうお仕事をされたのですか?」

            「ぼくは三井物産に入ったんだ。仕事で香港に住んだこともある。

            海外に長期出張で、いろんな国に行ったよ」

            「そこでは、どんなお仕事を?」

            「うん、会社では、リン鉱石を買い付けるんだ。アメリカに

            リン鉱石がある山があってね。そこから買ったものを船で日本に運ぶのさ」

            「リンって、石なんですね。何に使うんですか?」

            「肥料だよ。これを使うと、作物がよく育つんだ」

            「ああ、窒素、リン酸、カリ,ね。植物が生育するのに必要だって、

            習いました。そうか、農業に使うんですね。それなら大量に必要ですね」

            「窒素は日本にもあるけど、リンはないんだ。ぼくの会社では、これが

            会社を支える屋台骨だったんだよ」

            「それはすごい、会社の稼ぎ頭の部署ですね。そのお仕事をしていたら、

            会社でも、肩身が広いでしょう」と聞いた。

            「ん、そうだね」と言って、彼はにこっと笑った。

            この笑顔が、この人の職業人生のすべてを物語っていると思った。

             

            「おれたちのおかげで、会社が成り立っているんだぞ、っていう…

            その部署に配属されたってことは、選ばれた人ですね」

            「いや、そんなわけじゃない。たまたま、だよ、たまたま…」

            笑いながらそう謙遜するが、その部署に長くいたという彼は、

            さぞかしやりがいをもって仕事をしたことだろう。

            「大変なお仕事だったでしょう。ストレスはなかったですか?」

            と聞くと「そんなことは、感じたことはない。仕事のルートは

            出来上がっていたし、人間関係も、まぁまぁそこそこ楽しくやったからね」

            と明るく言った。

            仕事を終えても、病気もせず、今日まで健康に過ごしてきたという。

            つらいことといえば、奥さんを亡くしたことか。

             

            過ぎた人生を、こんなに明るく語る人に出会ったことがない。

            たいてい、苦しいことの一つや二つはあるはずなんだが。

             

            「今は横浜に住んでいるんだけど、地元で自治会の仕事をしているのさ。

            自分から進んで引き受けたんだよ。何か人の役に立ちたいと思ってね」

            そして、「たのむよ〜。来月の同期会の後に、何人か仲間をつれて

            かもめやに泊まるからね」と言った。

             

            「北の一星」ここにあり。

            リン鉱石から取り出した純粋なリンのように、この人の人生は

            輝いていた。

            ……ところで、リンは輝くのだろうか。

             

            ちなみに、向かいの田中酒造で「北の一星」という日本酒を

            売っている。ここの社長も小樽商大の出身である。

             

             

            海に向かう地獄坂。この右に小樽商大の門がある

            大学入り口。ちょうど大学祭をやっているところだった

            「北の一星」の酒を売っている、かもめや向かいの田中酒造

             

             

            | - | 07:58 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |