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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
ワークマン・プラス すぐそこにオープン
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    いよいよ根雪になったようだ。

    うっすらと、あるいはドカンと雪が積もる日が多くなった。

    店の裏の線路跡は、マルコの散歩道だったのが、

    長靴をはいても埋まるくらいになってしまった。

    それでも犬はますますパワーアップして、喜んで雪の中を

    歩いていく。

    時々凍った道で、犬も後ろ足をすべらせているので、

    車の後輪がすべるのに似ているな、と笑ってしまう。

     

    そんなある日、営業マン風の人がたずねて来た。

    すぐそこにワークマン・プラスという店を出すのだが、

    開店当初はお客さんが大勢来ると思うので、

    かもめや向いの駐車場を、短期間貸してもらえないか、という。

    そういえば、すぐ近くの国道沿いに、なにかのお店が建設中である

    ことに気づいていた。

    息子が、「あれは、作業服なんかを売るワークマンという店だよ」

    と言っていた。

    最近は、土木や建設の仕事をする人たちの作業服も

    おしゃれになっていることは知っていた。

    それを、仕事着としてではなく、日常に着る人も増えているらしい。

    そういえば、テレビで、山ガールとかいわれる若い女性が、

    アウトドアでカラフルなジャンパーなどを楽しく来ている

    様子を見ることがある。

    あんな服が一部で静かにはやっているようだ。

    ワークマンの服をうまく着こなせばいい。

    「そんな店ができるのか。それは楽しみだわ」と私。

     

    かもめやの店の前には、昔の石倉と広い空き地がある。

    ここは、昔かもめやの大家さんが大きな水産加工業をやっていて、

    工場があったところだ。

    かもめやは、小さな宿なので、お客さんの車も少なく、

    ほとんど空いている。

    「貸してあげてもいいんじゃない?」と私。

    しかし、除雪作業が大変で、生半可なことでは使えない。

    それでも、「自社でなんとかします」という。

    「それじゃ、大家さんに相談してみましょう」と答えた。

    ちょうど東京から大家さんが来ていたので、話してみると、

    「いいよ」という。

    そこで、わが宿の向いの駐車場が、12月19日にオープンするという

    ワークマン・プラスのお客さんに使われることになった。

     

    その2〜3日後、何気なくテレビを見ていたら、

    長嶋一茂や石原良純、ヒロミのほかに、女性タレントが何人も出ていて、

    なんと、ワークマンの商品をおもしろく紹介する番組をやっていた。

    CMでもないのに、あの手、この手でそれぞれの商品の特徴や

    特別な作り方を説明しているのだ。

    そして、出演者が「ふ〜ん」と感心している。

    裏がスパイクふうになった滑らないモコモコのブーツ、

    溶接作業で火花が飛んでも焼けない布で作っている作業着、

    カラフルなダウンコート…、

    それが、ちょっとおしゃれで街で来ても楽しい。

    一茂が「おれ、これ買いたいな」とか言っている。

    作業服が似合うヒロミが「いいよね~」」とか。

    服も靴も、どれもすごく安い。

     

    この店は全国であちこちに開店していて、

    店の前に行列ができている風景が写っていた。

     

    駐車場を貸すことにしてから、この会社のことを知ったのだが、

    なんと、全国で人気沸騰とかで、あのテレビによると、

    今年の話題の第1位は、2位の「タピオカ」

    をしのいで、「ワークマン・プラス」なのだそうだ。

    ほんとかなぁ、という思いもちょっとあるが…。

     

    ユニクロが世界を席巻しているが、日本でもこの店が

    すごい勢いで広がる予感がしないでもない。

    営業マンと話をしたとき、「このところ自然災害が多いから、

    土木や建設が相当いそがしくなったんじゃないですか。

    それに伴って、お宅の商品も売れるのでは?」

    と言ったら、「うん、まぁ…」とその人は申し訳なさそうに

    それをも認め、「でも、被災されたところに、商品を提供して、

    援助させてもらっているんですよ」とも言った。

     

    ワークマン・プラスというのは、いままでのありきたりの作業着に

    新しいオシャレ感をプラスした、という気持ちらしい。

    そんなに中身が変わっていないのに、プラスとつけただけで、

    お客さんが増えた、という。営業マンの本音に驚いた。

    コトバの力とイメージ力ってすごいな。

     

    かもめやもプラスをつけようか。

    何がプラスなのかって?

    そうね、マルコの接客かな?

     

    手宮線跡は雪でおおわれた

    運河のそばもこの通り

    手宮公園は雪で行けなくなったので、散歩は埠頭公園へ

    埠頭公園のグランドは雪原になった

    ワークマンの看板

    こんな小さな店だが、近隣の人が集まるのでは?

    かもめやプラス・わん のマルコ

     

     

    | - | 11:08 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    芥川龍之介の暮らした町へ
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       小樽もとうとう白一色になった。

      週末に、札幌ドームで、嵐のコンサートがあり、

      札幌は、嵐のバッグを下げたファンでいっぱいになった。

      その流れで、小樽のわが宿も、本州から来た女性ファンが

      宿泊した。

      ちょうどその時期、強風が吹き荒れていたので、

      「北海道はダブル嵐だね」と、人々が言っていたとか。

       

      その少し前、私は、芥川龍之介が家族とともに

      亡くなる時まで住んでいた、東京の田端を訪れた。

      昨年、半年かけて芥川の全集を読み、「半分、本人になった

      みたい」と友人に話していた私。

      とどめは、秋に大阪から来たお客さんJohnさんが

      「おかみさん、こんなのありました」

      といって、芥川の妻の文さんが語った「追想 芥川龍之介」

      という文庫本をくれたことだ。

       

      Johnさんがかもめやに滞在中に、私はこれを全部読んでしまい、

      生活人としての芥川まで理解した。

      「おかみさん、また芥川に憑依されますよ」とJohnさんに言われ、

      こわいような、ちょっと楽しみなような気分になった。

       

      そのあと、自分の中のマグマが噴き出すように、「そうだ、芥川

      の住んでいた場所を訪ねてみよう」という気分になった。

      東京は山手線の田端に彼は住んでいて、明治、大正、昭和のはじめ、

      この町に、小説家や彫刻家、画家がたくさん住んでいた。

      その田端駅前に「田端文士村記念館」というのがある。

      この記念館に作家たちの足跡を展示してあると聞いた。

      まずは、ここへ行けば、芥川の家の跡もわかるだろうと…。

      飛行機や宿泊の手配を済ませ、記念館についてネットで調べていると、

      な、なんと、「10月から1月まで、芥川龍之介の特別企画展を開催中」

      とあった。

      やっぱり、芥川に呼ばれたんだ。

      彼は、愛読者の私を忘れないでいてくれた。

      こういう形で、「来てほしい」と知らせてくれたのだ。

       

      山手線の田端は、地味な駅であるが、上野の東京美術学校

      (現・東京芸大)が近くにあるため、芸術家たちが住み着いたようだ。

      画家の小杉放庵、竹久夢二、漫画家「のらくろ」の田川水泡、

      芥川と親しい室生犀星、菊池寛、萩原朔太郎、堀辰雄ほか、

      驚くほどの作家たちが住んでいたのである。

       

      この記念館は、地味な木造の建物かと思いきや、なんと洋風の

      現代的な形で、驚いた。

      中に入ると、照明を落とした暗い展示がなされ、芥川が住んでいた

      家の模型があった。

      養父母と彼を実の子のようにかわいがってくれた叔母、妻と3人の子供

      女中と、けっこうな大家族で住んでいた彼の家。

      庭のある日本家屋の2階に、彼の書斎はあった。

      ここへ行く前から、私はすでに彼の文学と生活に対する心境、そして

      神経をすり減らし弱っていた健康について、かなり知っていたので、

      親せきの家にお見舞いに行くような気持になっていた。

      彼の生原稿を初めて目にしたときは、さすがに感慨深かった。

      今と違い、ペンでもちろん手書き。

      どれほどの精神と肉体の力を費やしたことか。

      実際は10年ぐらいの間に、あれだけの傑作、名作を

      残したのである。

      天才の集中力を、ここへ来る前にいやというほど

      知らされていた。

      ここでは、ただ「お疲れ様」という言葉をかけたかった。

       

      そこへ神奈川に住んでいた時の友人、マユミさんが、

      ご主人と、お嫁に行った娘さんをつれて現れた。

      マユミさんとは約束していたが、家族を連れてきてくれたとは。

      このサプライズに、胸がいっぱいになった。

      娘さんは、なんと、この近くに住んでいるというのだ。

       

      娘さんがお父さんを連れて自宅に行っている間、

      マユミさんと私は展示をゆっくり見た。

      本で読んでいたことを、この目で確認した感じだ。

      薄暗い会館にしばらく座っていると、心が静けさで包まれた。

      あんなに苦しんで小説を書き、生き抜いた芥川の死に顔が

      やすらぎに満ちていた、というのもうなずける。

      人生、やるべきことを、短い間に命を懸けてやり抜いた、

      これが天才の証である。

      私は、つきものが落ちたような気持になって、

      芥川が死んだ大正2年、7月24日の朝の澄み切った空を思った。

       

      天才作家の死を惜しむなかれ。

      彼は、36年の生涯で、命のすべてを使い尽くした。

       

      それから、芥川の家のあたりに行ってみようと、マユミさんと

      芥川も歩いたであろうゆるい坂道を上った。

      途中で、芥川が出前をとったというそばやでお昼を食べる。

      彼が生きていた大正とは、まだ地続きであることを

      実感した。

       

      少し歩くと、芥川の自宅跡に着いた。

      いまはその場所に、小さなマンションが建っていて

      当時の面影はないが、その建物の裏に柵で囲った空き地がある。

      ここを北区が買い取って、近いうちに「芥川龍之介記念館」を

      建てるらしいということを知った。

      いままで、彼の記念館がなかったのが不思議だ。

       

      ゆっくり坂を下りて、また駅前の文士村記念館に戻る。

      なんと、ここは入場無料なのだ。

      いつまでいてもいい、何回来てもいい。

      東京都北区の、文豪、芸術家に対する粋な計らいがあった。

       

      ちなみに、小樽のわがかもめやは、芥川が生きた時代の

      書斎的日本家屋、ちょっと洋風も混じったあの時代の

      気分も込めている。

      私の思い入れの気分を味わいに来てくれる人がいたら

      うれしい。

       

      記念館前

      突き当りの丸い建物が記念館。右の坂道も、芥川は歩いただろう

      旧居跡は、アパートやマンションでぎっしり

      芥川の家の模型

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 07:28 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      又も火事!
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        夜中にウーウーとサイレンが鳴る。

        どこだろう?

        かもめやの裏は消防署なので、消防車や救急車が出動することも

        多いのだが、それにしてもこのところ火事が多い。

        それも近くで。

         

        遠くでは首里城、白川郷と、名だたるところが、信じられない

        燃え方をした。

         

        そのすぐあとにかもめやの近く、いや自宅からはもっと近くの

        和菓子屋さんが火事になった。

        明け方の3時ごろしきりにサイレンが鳴っていたというが、

        その夜、私は、自宅にいて珍しく眠れなくて

        明け方にすとんと深い眠りに落ちてしまったようだ。

        朝起きてみると、息子が、「すぐそこから煙が出ている。

        近くが火事だよ」という。

        消防のサイレンが鳴り続け、外に出てみると、200mぐらい下の

        道路に、消防車が並んで放水している。

        「高山のお菓子屋が火事だ」と誰かが言っている。

        「2人が心肺停止で、病院に運ばれた…」

        え〜っ、信じられない。

        すぐそこなのに、とても見に行く気持ちになれない。

        風が強ければ、わが家まで燃える距離だ。

         

        2人って、おばさんと息子さん?

        そんなに燃えたの?

        私が起きたときは、もうほぼ消えかけていたみたいだが、

        店の中が全焼し、外側がわずかに残っているだけだという。

        あんな小さな家から、どうして出られなかったのだろう。

        おばさんは80を過ぎているようだから無理としても、

        息子さんは50ぐらいでまだ若い。

        「一酸化炭素中毒になると、動けないんだよ」と息子はいう。

         

        どうにもやりきれない気持ちで、見に行くことができない。

        一日中、そこの道路は通行止めで、立ち入り禁止だった。

        このことをいったん忘れようとしたが、そうはいかない。

        夕方、2人が亡くなったことを知った。

        このごろ急に寒くなり、ストーブの使い始めで、

        うまく作動していなかったのだろうか。

        それとも近くに置いてあったものに燃え移ったか。

         

        この店は、40年以上は続いているだろう。

        ご主人が亡くなり、腕のいい職人さんが作ったお菓子を

        奥さんと息子さん、それに市内にお嫁に行った娘さんが店に出て

        売っていた。

        地味な和菓子屋だが、味はなかなかいいし、実直なところがいい。

        もう少しおしゃれにすると、もっと売れるのに、と思うのだが、

        そこが気取らない下町の人に愛されるゆえんか。

         

        私の実家の両親が亡くなってしばらくたち、家が空いていたので、

        近年、実家に引っ越してきた。

        一番近いお菓子屋がこの店で、かもめやに通う道の途中でもあり、

        なにかというとここに立ち寄った。

        おばさんが、亡くなった母のことをよく覚えていて、

        「お母さんは、なんでもよくできる人でしたね。

        町内のお世話をしていて、うちにもいつも買いに来てくれました」

        と言ってくれた。

        母は近所の人たちと仲良くしていて、『町内会が命』の人だった。

        町内の会合で、近所の人と集まり、なにかというと

        この店でお菓子を買っていたのだ。

        私がこの店に行くと、おばさんは「お母さんに似てますね。

        お母さんかと思った…」

        といって、すぐにどこのだれかわかってくれる。

         

        父も母も亡くなった時、近所の人にあいさつに行くために、

        私はここのお菓子を買った。

        亡き母が「高山のお菓子を買って持っていってほしい」と

        言っている気がするからだ。

        きっとそうに違いない、と思う。

         

        おばさんは年なのに、おぼつかない手でお菓子を包み、

        お金のやり取りをする。お客さんは、辛抱強く待っている。

        「ああ、おばさんまだ店に出てるんだな。よくやっているなぁ」

        と思い、またとほっとする。

         

        しかし、人はこんな事故で、一瞬のうちに、仕事もろとも

        灰になってしまうんだ。

        運命、宿命、人生、生きること…

        こんな思いがぐるぐる頭を駆け巡る。

         

        水天の月、とうきび饅頭、美しい干菓子、素朴なカステラ。

        2度と味わうことはできないだろう。

        この店のあったかくなつかしい味は、悲しい思い出とともに、

        町の人々の記憶にいつまでも残るに違いない。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        | - | 07:46 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        気が満ちる
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          深まる秋。

          温暖化のせいで、もう11月だというのに、あったかな日が続いている。

          町の古い建物にからまるツタは美しく色づいて、天然のアートを

          繰り広げているが、あと数日で葉が落ちてしまうだろう。

          美しさとはかなさと。この二つはいつも一緒だ。

           

          こんなとき、千葉から2人の女性がやってきた。

          一人は、私のブログを読んでいるといってくれた。

          うれしいことだ。

          「どこかおすすめの場所はありますか。お土産屋さんは見なくても

          いいんですけど」という。

          「そうねぇ、私の一番のおすすめの場所は、手宮公園ですね。

          観光客はあまり来ないけど、いつ行ってもいいですよ」と私。

          いま、紅葉が進んで、ほんとうにきれいだから、

          本物の美を探している人には、教えてあげたくなる。

           

          翌朝早く、「鱗友朝市の食堂でごはんを食べてから、

          手宮公園へ行ってみます」と2人は出かけて行った。

          丘の上にある手宮公園までは上り坂だ。

          歩くのが苦手な人にはちょっときついかもしれないが、

          彼女たちはフットワークがよさそうで、軽々と戻ってきた。

          「よかったぁ、ほんとうにきれいでした」

          「…でしょう? でも、よく行きましたね」と私。

          「私たち、歩くのは意外と平気です」と一人の人。

           

          実はこの二人は姉妹で、「妹は今ドイツで勉強しているんです。

          数日帰国しているので、その間に旅をしようと思って…」

          とお姉さんはいう。

          「妹さんは、何年ぐらいドイツにいるのですか?」

          「もう10年住んでいます。いま、論文を書いているんですけど…」

          と妹さん。

          「え〜っ、10年も? すごーい」と私。

          「ドイツには森がたくさんあって、人はよく森の中を散歩します。

          日本は、あまりそういうところがなくて、緑の中を歩くことも

          少ないですね。日本人は日曜日、家族でショッピングセンターに買い物に

          行く、とドイツの人に言うと、びっくりされます。

          ドイツは、日曜日は休む日で、森を歩いたり、公園に行ったり、

          家族でゆっくり過ごします」

           

          「ほんとうに、緑の中にいると、疲れが取れて、心も体も楽になります」

          と私。

          息子は毎日、夕方になると、犬を連れて手宮公園に行って、

          一日の疲れを癒します。

          私は、犬を連れて店の裏の手宮線跡を通って、運河のそばを

          歩いているんですが、これでだいぶ体調がよくなりました。

          ところで、緑の中と海のそばと、どっちが健康にいいんでしょうね」

          というと、「ドイツでは、医師が処方箋を書いて、海辺の保養所で

          何週間か過ごしなさい」と指示することもあるんですよ」と妹さん。

          「そうか、海ね。だけど、私は緑の中の方が、すごくいい気が

          満ちているように思うんですよ。海と緑、どっちにどれだけの

          体にいいエネルギーがあるのか、研究する価値はありますね」と私。

          ある意味、私には切実なテーマでもある。

           

          体にいいエネルギーというのは、気功でいう「気」のことでもある。

          私は、気功に興味を持っているので、いい気と悪い気、「邪気」について

          少し感じることができる。

          「いい気」に満ちている人に接していると、元気になってくるし、

          後味がさわやかだ。

          子供は無邪気で、けがれがない、というが、つまり、いつも

          自然の中にいるように邪気がない、いい気に満ちているということかもしれない。

           

          人は社会の中で生きていると、どうしても「邪気」にとりつかれやすい。

          これを払ってクリーンになるためにも、自然の中に身を置くことが必要だ。

          だから緑の中、海のそば、である。

          特に、海の風が上がってくる緑いっぱいの手宮公園は、

          まさにその条件を満たしている。

          かもめやのおかみが自信をもって処方箋を書く、手宮公園は天然の保養所だ。

           

          こんな私が「いい気」になって、お客さんに邪気をふりまいてはいけない。

           

             もの言えば、くちびる寒し、秋の風

           

           

          手宮公園の桜の木が紅葉している

          公園の高台から海が見える

          運河のそばの石造りの飲食店がツタに包まれている

          これはなんだ? 運河のそばの飲食店

           

          | - | 07:33 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
          大阪のおばちやん来たる
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             大雨で、日本各地が前代未聞の被害にあっているいま、

            その少し前に、年に一度は来てくれる大阪のおばちゃん2人連れが

            かもめやに滑り込んだ。

            あと1日でも遅れたら、台風で足止めを食らったかもしれない。

            珍しく、ニセコに3日ほどいて、最後に小樽にやってきたという。

            「よくいらっしゃいました」のあいさつに

            「おかみさん、元気そう。若くなったんとちがう?」とジュンコさん。

            「そんなことないわ。赤い服着てるからじゃない?

            くたびれはてているんだけど」とわたし。

            「なんか、きれいになったみたいやわ」

            「そ、そ〜んなはずないけど…」とちょっとうれしさを隠していると、

            「おかみさん…」これ、見て、と彼女。

            おなかのあたりで、左手のひらを上に向けてお皿を作り、右手を握って、

            お皿の上でこぶしをぐるぐる回している。

            んまぁ〜 ゴマをすってるしぐさだ。

            「やられた〜」

            まったく、大阪のおばちゃんにはかなわない。

            のっけからゴマすりなんだから。

             

            大阪から、今年も、漫才コンビがやってきた。

            最初のあいさつがこれだ。

            北海道の人は、どんなにユーモアがあっても、こういう会話にはならない。

            こんな話はできないのだ。

             

            ジュンコさんとヤエさんは、貝塚という町で、すぐ近くに住んでいる

            仲良し主婦だ。

            2人とも働いて、一緒に旅行するためのお金をためていると、以前に聞いた。

            どちらかが急に具合が悪くなったときなど、家族より早く気づいて

            病院に連れて行ったり、買い物をしてあげたりしている。

            遠い親戚より、近い他人とはこのことだ。

            おたがいの家庭をよく知っていて、悩みを打ち明けたり、

            一緒に喜んだり。

            つらいことがあっても、笑いで攻撃しあい、その場その場で

            とりあえず解消している。

            2人がモーレツな大阪弁になると、聞いている私には

            よく理解できないことがあるが、その雰囲気が面白い。

             

            「おかみさん、ずっと前に教えた『根性ばば』ってことば、覚えてる?」

            と聞かれ、「あ〜あ、そういえば、聞いたことあるわ。だけど、どんな意味

            だったっけ」というと、「ちがう、アクセントがちがう。

            こんじょうばば、やないの、こんじょばばなの」と何回も教えてくれるが、

            なかなかうまく言えない。

            「根性が悪い」っていう意味なんやけど…。ばばは、婆じゃなくて、

            悪いということらしい。

            言葉一つでも、関西と北海道はちがうなぁと、つくづく思わせられる。

             

            この日お客さんは、おばちゃんたちだけだったので、一緒に

            夜ごはんを食べに行こうということになった。

            お寿司か海鮮がいい、というので、久しぶりに魚真へ。

            寿司に刺身に焼き魚、てんぷら、なんでもある大衆料理屋だ。

            ビールを飲もうと思ったら、お通しに、なんと大きなホッケのフライが出てきた。

            どうだ、これが北海道だ!

            「えっつ、これだけでおなかがいっぱいになる」と言いながら、

            お寿司のほかに、わたしのおすすめ、「魚真焼」をたのんだ。

            ジャガイモにコンビーフ、ウニとチーズをかけてとろりと焼いたもの。

            北海道らしいいメニューで、昔から大好きな一品だ。

            「小樽は、なんでも量が多いなぁ」と大阪のおばちゃん。

            これだけボリュームのある料理をたいらげながら、酒の肴は、夫の悪口。

            これがまた食欲をそそるのだ。

             

            そうそう、ヤエさんが、「マルコがすっかり大人になって、

            おとなしく座ってる。前に来たときは、テーブルに縛り付けていたら、

            テーブルごと引っ張っていたよね」と、その変わりように驚いていた。

            2人とも犬を飼ったことがあり、それが死んだときの悲しさ、

            ペットロスについて語った。

             

            魚真の帰りは、暗い手宮線跡の遊歩道を、ほろ酔い加減で歩きながら、

            「ペットロスは、夫ロスよりつらいね」なんていって、

            笑いあった。

            「だけど、男はかなしいなぁ。自分の気持ちを、私たちみたいに

            しゃべらないものね」

            「かなしい、は、哀愁の哀。なべぶたに口。口にふたして、衣を着ている

            のが男やね」と。

             

            人生、楽しいことばかりではない。彼女たちにも深刻な悩みがある。

            でも、大阪人には、そんなことも、つかのま笑いのめす知恵がある。

            たくましいなぁ。

            つらい気持ちを和らげるツッコミの技は格別だ。

             

            「北海道のどこへ行っても、最後はかもめやに行かないと

            北海道に来たことにはならない」とヤエさん。

            「おかみさんと息子さん、それにマルコがいて私たちがいる。

            この雰囲気が、なんともいえずいいんだよね」とジュンコさん。

             

            あれっつ、この2人、またゴマをすっていったのかな。

             

            左、魚真焼き。ジャガイモにコンビーフ、ウニ、チーズかけ

            運河公園の噴水にカモがきている

            かもめや裏の線路跡、石倉のツタが紅葉をはじめている

             

             

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