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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
美瑛の丘へ
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    砂川に住む友人が、転んで手首の骨を折ったと聞いた。

    数年前は左手を骨折。今回は右手だという。

    聞くだけでも痛々しいが、右手が使えないのは、

    どんなに不自由なことか。

    それでも退院して、なんとか生活しているというので、

    ちょっとだけ顔を見て、励まそうと思った。

     

    息子に車を運転してもらい、砂川へいくことに。

    犬も乗せていくことにした。

    日帰りでは少し遠いので、そうだ、その日は

    美瑛に泊まってみようか、と思い立った。

    ところで、犬も泊まれるところはあるだろうか。

    調べてみると、あった。

    ペンションの別棟にロッジがあって、母屋からは

    離れている。「犬がすこしぐらいほえてもかまいません」

    と書いてある。ここにしようと決めた。

     

    友人は、その日は砂川の手前の美唄の病院に行く日だという。

    彼女が病院から出てくるところへ、われわれが到着。

    「今日は抜糸したの。すごく痛かったけど、ずいぶん楽になった」

    と彼女。しかし、だいぶ消耗している様子。

    学生時代の同期の友人で、手首を骨折した人はとても多い。

    クラス会に行くと、「私も、私も…」と、何人もの人が言う。

    1年おきに両手首を骨折した人もいる。

    骨折する人は、スタイルのいい華奢な人が多い。

    この話を、同年代の神奈川の友人に話したら、周りでは、

    手首骨折の話は聞かないという。

    「北海道は日照時間が少ないから、骨がもろくなるのかな」

    と、素人の私は推測する。

     

    左手で箸を持つのがだいぶうまくなった友人と一緒に

    お昼を食べて話をした。

    「おしゃべりをして、ずいぶん気持ちが楽になったわ」と

    彼女は言う。

    われわれのおしゃべりは、ときによっては、どんな薬よりも

    効くことがある。

    「ここから美瑛まで、けっこう遠いのよ」といわれ、

    気を取り直して出発することにした。

     

    途中、芦別、歌志内と、昔の炭鉱街を通る。

    この辺りは炭鉱が盛んな時は、ずいぶん活気があったところだ。

    閉山して長い年月が過ぎたいまは、山際にひっそりと立つ家々が

    寂しそうで、胸が詰まる思いがする。

    道の駅に寄ると、炭鉱が盛んだったころの写真があった。

    セピア色のその写真は、町に何か行事があった日の記念なのか、

    信じられないほどの、ものすごい数の人が写っていた。

    炭鉱の最盛期には、こんなに人がいたんだ!

    夕張出身の友人takarinnさんも、こんな時代に、炭鉱の町で

    暮らしていたんだ。

    過ぎて行った時代を、しみじみと味わった。

     

    途中、かなり長い山道を越えて、田んぼや畑が広がる

    美瑛に出た。

    カラフルな作物でパッチワークのように彩られる

    丘の写真を見ることがあるが、まさにあの通り。

    北海道に住んでいるのに、ラベンダーの畑すら

    見たことがない私達。

    夏は宿の仕事で忙しくて、遠くへ行くことができなかった。

    美しい風景を眺めながら、今夜泊まる宿を探したら、

    あったあった。丘のふもとにそれらしき家が。

     

    小さなロッジに案内されて、ほっと一息。

    「犬はこの中、どこを歩いてもいいですよ。

    ただし、布団には入れないでください」と若い主の男性はいう。

    「あーよかった。人様に迷惑を掛けずに、マルコを

    寝かせることができる」これが一番安心だ。

     

    すでに夕暮れが迫っていたが、すぐ裏の緑の丘に

    登ってみようと、マルコを連れて外へ出た。

    遠くから見ると、一面緑の芝生のように見える丘に

    足を踏み入れると、草の丈は意外に長く

    20儖幣紊呂△襪世蹐Δ。

    足が埋まってしまうぐらいだ。

    マルコはその草を分けて、一生懸命丘を登る。

    頂上はどこなのかわからないが、ラクダの背中のような

    なだらかな丘の上に、美しい夕日が沈むところだった。

     

    小樽では見られない田園風景。

    日本全国からわが宿に来るお客さんが、みんな行く

    美瑛、富良野にようやく来られたと思ったら、

    わが人生の夕日も沈むところであった。

     

     

     

     

    サルビアの花を一面に植えている

    丘のふもとのこの家の離れにロッジがある

    マルコと登った丘の上のほうに夕日が沈む

    帰りの富良野の駅近くにこんな家が

    帰り道には川もあった

    | - | 06:22 | comments(2) | - | - | - |
    魅力ある作家に出会う内的な時間
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       ついこの間まで暑い暑いとフーフー言っていたが、

      ふっと気がつくと、涼風が吹いて、日暮れが早くなった。

      この四連休は、小樽にもだいぶ観光客が訪れたようで、

      久しぶりに町に活気が戻っている。

      わが宿にも少しだけお客さんが来たが、それでもまだまだ。

      ずいぶん前に四国から来てくれたお客さんから、

      「どこにも行けないけど、かもめやさんのこと、

      懐かしく思っています」という葉書をいただいた。

      彼女は確か、美術館の若い学芸員だったと思う。

      旅の思い出は、「一粒で二度おいしいグリコのチョコレート」

      みたいなものかもしれない。

      こんなCMのフレーズを知っている人は

      今では少ないかも…。

       

      家にこもり続けたコロナの時代の収穫は? 

      友人との電話での長話で思いがけず深い話ができたこと、

      それに読書だ。

      学生時代の友人で、100冊も読んだという人もいる。

      電話で本の話になり、知らなかった作家のことを知った。

      今回知ったのは、原田マハ。

      この人は、美術館でキュレーターをしていたというだけあって、

      絵画に造詣が深く、ピカソやモネ、マチスなど、

      多くの画家を登場させ、実話もまじえて小説に仕立てている。

      絵が好きで、いままで多くの美術展に足を運んだ私は、

      世界中に知られている有名な絵ができるまでの

      画家の私生活を描いた小説を読んで、

      彼らのアトリエをのぞいて、絵筆を動かしている本人を

      見ているような気分になった。

      時代を超えて、画家の人となりを知る。

      想像力がいきいきと働いた。

       

      最近急速に知り合いになったのは、分子生物学者の福岡伸一。

      といっても、本の中で、だが。

      この人が、新聞などで短いコラムなどを書いているのを目にして、

      私の苦手な理系の人?なのにとても感性豊かな言葉で、

      詩人のように語っているのを不思議に思った。

      理系の人は、詩人であるはずがない、という私の認識は

      完全に間違っている。

       

      「生命とは何だろう」という根源の問いを、この人は

      人生をかけて追い求め、世界に出て行って研究をしているのだが、

      遺伝子の話、ウィルスの話など、コロナ時代の今の私たちの関心事

      でもあることを、ズブ素人の私にもわかるように、面白く書き、

      ミステリーを追求するような迫力でぐいぐいと引き込む。

      「動的平衡」シリーズ、「生物と無生物のあいだ」など。

      タイトルはとっつきにくいが、研究者の確かな分析力に、

      詩人や小説家のような表現力が加わって、

      テレビで極上のドキュメンタリー番組を見ているようだ。

       

      少し前に、高校時代、自分は物理をはじめ理系科目が

      苦手だったことを書いたが、理数系の先生は、

      表現力が豊かで、やさしい言葉をたくさん知っていたら、

      子供たちは、もっともっと理解できるんだけどなぁ、

      たとえば福岡伸一のような…。

       

      感じる心と表現力。どの分野にも、どの世界にも必要だと

      つくづく思う。

       

      ちょっとの空き時間に、また赤井川温泉に行った。

      連休に、人のいなそうな憩いの場所を求めているのか、

      いつになくたくさんの人が来ていた。

      外はグリーンフィールドの上に青空が広がって、

      秋が忍び寄っていた。

       

       

      赤井川の小学校。wakoさんのお母さんが、若いころここの

      小学校で先生をしていたという

      ナナカマドが色づいて、秋の気配が…

      小学校の石垣に、子供たちが絵を描いている

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 07:11 | comments(4) | - | - | - |
      大正・昭和初期の名所を旅する
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        旅人が来なくなって久しい小樽。

        Go Toキャンペーンなるもののかけ声で、

        それでも観光客の到来は少しは増えてきたかもしれない。

        わが宿は、ほんとうにぽつぽつだ。

         

        それならば、こちらから出かけるか。

        どこへ? 大正から昭和初期の日本各地の美しい町の

        風景に出会いに…。

        ニトリの旧三井銀行の美術館で、

        「川瀬巴水・吉田博と旅する日本」

        と題した版画美術展が開かれている。

        川瀬巴水は、味わいのある日本の風景、

        たとえば「東京二十景・平河門」「浜町河岸」「清水寺乃暮雪」

        「潮来の初秋」など、今よりずっと静かで落ち着いていた時代の

        なつかしい景色を描き、渋い色刷りで版画に仕上げている。

        巴水は、その名のとおり、水辺の描き方が特に美しく

        秀逸だ。

        彼の作風は、歌川広重に似ているといわれたこともあるとか。

        確かに広重の「東海道五十三次」の大正、昭和版といっても

        いいかもしれない。

         

        作品の夕闇の静けさ、川面に映りゆらゆらと揺れる

        月明りなどは、しみじみとした情緒があり、

        実際の風景よりも、人の心になつかしい思いを起こさせる。

        吉田博も、巴水に作風が似ていて、こちらは

        もう少しきりりとした個性がある。

         

        巴水の情感、大正、昭和の初めのセピア色の時代の空気は、

        かもめやがあこがれ目指すものである。

        かの芥川龍之介も、こんな景色の中に生きたに違いない。

        ひとり版画の前にたたずみながら、この時代の

        情感にひたった。

        遠くへ行けなくても、絵画や版画の風景の中に

        心を遊ばせることができる。

        しかも、時代も空間も距離も超えて…

         

        かもめやや自宅からも、歩いて行けるところに

        美術館があるというのは、恵まれた環境にいる

        といえるかもしれない。

        さて、また線路跡の遊歩道をゆっくり歩いて

        帰ろうか。

         

        それにしても、9月だというのに、この暑さは

        いったい…。

         

        川瀬巴水と吉田博の版画展のパンフレット

        ニトリ美術館の庭。真ん中のグレーの建物は、石原裕次郎の

        お父さんが北海道支店長をしていた船会社

         

        旧三井銀行がニトリ美術館になっている

        銀行内部にある金庫の扉。ものすごい厳重な鉄製

         

         

        | - | 11:47 | comments(4) | - | - | - |
        ポテンシャル
        0

          盛夏、8月も終わろうというのに、妙に暑い。

          本州の人には馬鹿にされるかもしれないが、30度をこえると、

          北海道人はギブアップしてしまう。

          しかもクーラーがない家がまだまだ多い。

          扇風機の間が抜けた風では、うちわや扇子であおいでいるに等しい。

          それ以上に暑い地域の皆さんには、心から同情申し上げたい。

           

          こんな時期、母校の高校の女子生徒から、かもめやに電話が入った。

          小樽の高校の放送部の者だが、秋に高文連の大会があり、

          地域の情報を題材に、放送の作品を作りたい。

          そこで、かもめやを取材したいというのである。

          「え〜っ、なんでまたうちなの?」

          というと、電話口の女生徒は、「放送部の部室に

          『ポーが聞こえる』という本があって、その中に、

          いいなと思うところがあったんです」という。

          私が数年前にかもめやの日々を本にしたものだ。

          そうか、ネタ探しに苦労してるんだな。

          それにしても、もっとほかに取材先があるだろうに。

          「まっ、いいですよ。私もあなたの学校の卒業生だから」

          というと、「ほんとですか?」と彼女の声がはずんだ。

          孫と祖母ぐらいの年齢の違いはあっても、あちらも同窓生なら

          ほっとするのだろう。

           

          約束の日に、3人の女子生徒がやってきた。

          私がどうしてこの宿をやったのか、知りたいというのである。

          かもめや日記に、もう何年もそのことを書いているので、

          いまさらいうまでもない。

          彼女たちは、「カメラを設置してもいいですか」という。

          「ええ、いいけど」というと、三脚のうえにカメラを置いて

          私に向けた。

          「あれっ、放送部っていうと、あなたたちが放送の台本を作って、

          ラジオのドラマかドキュメンタリーをつくるんじゃないの?」

          ときくと、映像だというのだ。

          放送部というと、音だけでアナウンスするものと思っていた私。

          そうか、テレビも放送なんだ。すると、テレビ番組のようなものを

          作るということか。

          舞台がかもめやで、出演が私か。

          なんだか見たくないなぁ。

          しかし、後輩の部活動には協力しなければならないだろう。

          そんな立場になっている自分に、過ぎてきた長い時間を思った。

           

          白のブラウスに紺のセーラーカラー、黒のリボンに

          紺のひだスカート。

          彼女たちの制服姿を見て、すぐに高校時代の思い出が

          よみがえった。

          16、17…あのころは、自分たちはすでに大人だと

          思っていたけれど、彼女たちを見ると、この年代は、

          まだまだそこまではいっていない。

          子供と大人の間、「子とな」といっていいか。

          若さと希望にあふれたいい時代、と思えるはずだが、

          自分のことを振り返ると「灰色の時代」なのだ。

          勉強、勉強、ただ勉強、楽しいことには目もくれるな、

          という雰囲気だった。

          この女の子たちには、そんな暗さやプレッシャーは感じられない。

          時代は変わったのだなぁと思う。

           

          「これから定期テストがあるので、今日はちょっと

          ごあいさつと説明ぐらいで、テストが終わったら、

          また来ます」という。

          「えっ、また来るの?…」

          テストか。聞いただけで、グッと胸が詰まる。

          理数科系が苦手な私は、物理の試験というと、

          食道が詰まる感じがする。

          物理の授業には興味がなく、先生の話を聞いてもわからない。

          「ポテンシャルエネルギーというのはね…」

          赤ら顔の物理の教師が、頭から湯気を出しながら

          一生懸命説明しているのだが、全く頭に入ってこない。

          そして、その先生にあだ名をつけた。

          「ポテンシャル」と。

          物理の試験の前日、いまのかもめやの親友の家に来て、

          2人で明日の試験のヤマをかけ、徹夜で勉強して朝帰り。

          試験に臨んだのだが、いったい何点だったのだろう。

          よくぞ卒業したものだ。

           

          物理というと、「ポテンシャル」という教師の顔と、

          わからない、という自分の苦しい気持ちがよみがえる。

          「ポテンシャルエネルギー」というのは、

          物体がその位置によって潜在的に蓄えているエネルギーのこと

          だというのだが、今なら、よ〜く考えると「なるほど」

          と思える。人生のいろんな意味にも応用できる。

          高校時代に詰め込んだ勉強の中身は、人生の終わりになって

          初めてわかることもある。

          それなら、大人になってから勉強したほうがいいのじゃないか、

          とも思えるが、学ぼうとしたときには、

          すでに認知症になってしまっているということもなくはない。

          勉強する時は一緒、わかる時は人それぞれ。

          それでもやっぱり、一時期にギューギュー詰め込んで

          おくことは必要なのだろうか。

           

          「ところで、あなたたちは、進路を決めているの?」

          と聞くと、2人は「はい、看護の専門学校へ行きたいと

          思っています」と答えた。

          いまは、看護系の学校へ行く生徒がとっても多いのだそうだ。

          女子の職業に対する目的意識がはっきりしてきたのだな。

          私達の時代は、将来何の仕事に就くか、

          なかなか考えられなかった。

          時代が変わってきていることを、しみじみと思い知った。

           

          手宮線跡遊歩道、マルコの散歩道

           

           

          手宮公園から港を臨む

           

          | - | 12:44 | comments(6) | - | - | - |
          夏草や
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               夏草や 兵どもが 夢の跡

             

            芭蕉の句に、思いをはせる夏の日。

            猛暑とコロナで、地獄の釜もぐつぐつと煮え立っているかと

            思われるこのごろだが、ふと涼しい風を感じるときがある。

            北海道では「お盆が過ぎると、秋風が吹く」と言われているが、

            あっ、本当だ、と思う。

             

            小樽も、観光客がほんの少し戻ってきたかな、と思われるが

            まだまだ、とても元の状態には程遠い。

            それでも、思い直して日常生活を続けるしかないので、

            マルコを連れて、汗をふきふき運河沿いを歩いている。

            あんなに勢いよく茂っていた道端の草も、

            気がつくと黄色く色づいたり、枯れ始めているものもある。

            季節は盗人のようにひっそりと、こっそりと

            移ろいゆくものかもしれない。

             

            はんのき 4

            しらかんば 3

            よもぎ  3

            ぶたくさ  3

            おおあわがえり 3

            かもがや  3

            すぎ  2

            ガ   2

             

            さて、この数字はなんでしょう?

             

            実はこの私、かもめやを始めてから、夏の終わりになると、

            いつもくしゃみ、鼻水が出るようになった。

            裏の手宮線跡の草むらから花粉が飛んでくるのかな、

            と思っていたが、年々それがひどくなり、

            ついに一年中鼻をグスグスいわせて、苦しんでいた。

            鼻の構造が悪いのだ、とも思い、半ば悲観的になって、

            病院へ行ってもどうせだめだろうと、あきらめていた。

            ところが今年の初夏、いったい自分の鼻の構造は

            どうなっているのだろうと、確かめに行くつもりで

            初めて耳鼻科へ行ってみた。

             

            コロナの時期なのに、医師はあまり警戒もせず

            鼻の中を調べ、レントゲン撮影をすると、

            「鼻は悪くない。血液検査をしてみましょう」

            といって血を採った。

            「1週間後に来てください」というので、行ってみると

            「花粉症ですね。これだけの花粉のデータが出ています」

            「数値の最高値は6ですが、それぞれの花粉については

            4とか3とか2ですよ。たくさんの種類の植物に

            アレルギーがありますね」というのである。

            通信簿で6段階のうち、それぞれの植物についての

            アレルギー度が4だの3だの2だのと。

            なんと、好きな樹木の白樺までが天敵なのだ。

            北海道のシンボルでもある白樺を眺めて、

            四季の移ろいを知り、リフレッシュしていたというのに…。

            いつもの散歩コースである運河公園では、マルコを

            白樺の木につないで遊ばせていた。

             

            いやまったく驚いた。

            何に? 自分がこんなにたくさんの植物にアレルギーがあって

            その点数が高いこと。そして、鼻の構造は悪くなかったこと。

            もう一つ。1回の血液検査で、こんなにもアレルゲンの植物が

            はっきりわかるということ。

            現代の医学はすごいんだなぁ、と改めて思った。

            そして、処方された薬を朝晩飲むと、

            いまのところ、あんなにつらかったくしゃみも鼻水もすっかり

            おさまっている。

             

            この分だと、コロナの治療薬も、もうすぐ

            見つかるのではないか。

            自然の脅威には勝てない、ともいうが、

            人間の力もすごいなぁと思う。

            医学の力にますます期待できると思ったことである。

             

            運河公園の白樺の木。いつもマルコをつないでいる

             

            この草もたぶんアブナイのだろう

            白いレースフラワーみたいな雑草が好きで、宿の部屋にも

            飾っている

            草の色はすでに秋の気配

             

             

             

             

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