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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
マルコの里帰り
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     わが家に、近郊の牧場で生まれたビーグル犬が来てから9か月になる。

    この犬と人間が共生するのには、凄まじい戦いがあった。

    今もそれが続いている。

    人間の赤ん坊を育てるのは、もっと大変だが、

    動物には人間と違う習性があり、飼い主の言うことがわかるのか

    わからないのかがわからないので、

    こちらは、少しはわかるのだ、という想定のもとで

    しつけをすることになる。

     

    ビーグル犬は、それほど大きくない体に、ものすごいパワーを

    秘めている。

    1日のパワーを使い切らないことには納得せず

    暴れるので、犬のパワーを出し切るまで運動させることが必要だ。

    おかげで、息子は1日4〜5km散歩させることになり、

    彼自身もかなり丈夫になった。

    スポーツジムなどに行くより、ずっと効果がある。

     

    このマルコが1歳になったので、生まれ故郷の牧場に連れて行って、

    両親と、お世話になったスタッフに会わせようと思った。

    ある晴れた日の午後、牧場を訪れた。

     

     実は、父親らしき犬は見ていたが、母犬には会ったことがない。

    マルコを連れてくるとき、名残惜しそうに世話をしてくれた

    牧場の場長さんに、ぜひとも会わせたいと思っていた。

    丸太のレストランの入り口で、いつもソーセージを焼いている

    物静かな男の人がいる。

    その人がいるはずと思っていると、なんとそこには、

    若いアメリカ人の男性が、慣れない手つきでソーセージを焼いていた。

    私は、場長さんの名前を言って「その人いますか?」というと、

    わからない様子。

    息子が英語で聞くと、自分は、ここへ来てから1週間しかたっていなくて

    その場長は、洞爺湖のほうへ異動になったらしいというのである。

    そして、事務所のスタッフは、すべてアメリカ人になっていた。

    この牧場は、アメリカのアリゾナの牧場と親しい関係にあると聞いていた。

    「え〜っ、あんなにかわいがってくれた場長さん、いないの?」

    と、がっかり。

     

    そこに、黒と茶の年上のビーグル犬が放し飼いになっていて、

    お客さんが食べているソフトクリームをねだっていた。

    「あの犬、名前はマルっていうんだ」とアメリカ人のスタッフ。

    こちらはマルコを連れていって、

    「この犬は、ここで生まれたんですよ」

    というと、びっくりした様子。

    「名前は?」と聞かれ、「マルコっていうの」

    というと、アメリカ人は「えーっ、グウゼン?」という。

    私たちは、たどたどしい日本語を話すアメリカ人の口から「グウゼン」

    という言葉が出てきたことに驚いた。

     

    「マルコは、1年前に生まれたんだけど、お母さんを

    見たことがないの。ここにメスのビーグルはいますか?」

    と聞くと、「いないねぇ、そういえば、去年の秋に、メスの

    犬が死んだと聞いたよ」と、アメリカ人はいう。

    そして、いつも外につながれていた父親もいなかった。

    マルコが生まれたときにいた両親も、牧場の場長さんや

    日本人スタッフはだれもいなくなっていた。

     

    マルコが生まれたときに入っていたわらを敷かれた柵の中に

    たくさんの小さなウサギがいて、

    その中に、1匹の4〜5歳のビーグル犬がいた。

    マルコを柵越しに近づけたが、どちらもあまり

    うれしそうでもない。

    この犬も、マルコの何代か前の兄弟かもしれないのに。

    それにしても、ビーグル犬は、ウサギ狩りをする犬だと聞いたのに、

    獲物がたくさんいる柵の中に犬を入れておくのも

    どうなんだろうと思う。

     

    マルコはわが家に来てからというもの、

    息子といつも一緒にいるので、

    ちょっとでも彼がいないと、クンクン、ワンワンいって大変だ。

    この飼い主とは、親兄弟以上の関係だ。

     

    故郷に帰ってみたら、父も母もいなかった。

    いたのは、親戚か、何代か前の兄弟が2頭。

    「あんまり親しみを感じないなぁ」これは、マルコの感想だ。

    ちょっと寂しく「かわいそうだなぁ」と飼い主の私たち。

     

    そこで思ったことは、人間も、生みの親より、育ての親の方が

    何倍も大切な存在だということだ。

    共に暮らす、あるいは育てることにこそ意義がある。

     

    別の言い方では、遠い親戚より、近い他人。

    マルコからすると、「遠い親戚犬より、近い飼い主」ということか。

    「マルコ、おまえに実家はないのだよ」…

     

    かわいい馬がお出迎え

    親戚の年上ビーグルにマルコが話しかけても、そっけない様子

    ウサギの柵にいる兄弟らしきビーグル

     

    おとなしいアルパカ

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    | - | 08:14 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
    ヤドカリの引っ越し
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      北海道は花の季節を迎えた。

      ライラック、スズラン、アカシア、そしてぼたん。

      坂の上のわが家の荒れ放題の庭にも、マーガレットや山吹が勝手に咲いている。

      雪に閉ざされた過酷な季節の重みが、まだ心の中で

      切り替わらないうちに、自然は足早に夏に向かっている。

       

       冬から春に向けて、ヤドカリが殻を脱ぎ捨て、別の殻に入るような感じで

      自宅の引っ越しをしていたが、

      なんとか移住を終えることができた。

      といっても、年を取ってからの住まいの移動は命がけである。

      私の場合は、自分が育った町なかの実家に戻ることなのだが、

      すでに両親は他界していて、家はカラ。

      そこへ移り住むだけなのに、ヤドカリは、道の途中で

      干からびて死んでしまいそうなのだ。

       

      長年ため込んだ生活用品を相当処分したが、

      それでもなんだか荷物が多い。

      思い出の中の子供時代の家は、今より狭く、

      家族も多かった。

      それなのに、そんなに荷物はなかったような気がする。

      自分は今もぜいたく品は持っていないと思うのだが、

      それにしても物が多い。

      これは、個人的な問題だけではなく、

      戦後の日本の経済成長がどれほどのものだったかを

      物語ってもいるのではないかと思える。

      引っ越し先のダンボールの山の中で、

      今度こそ、何も持たない生活をしようと心に誓った。

      それにしても、この荷物の山は、いつ平坦になるのか…

       

       個人的な引っ越しのさなかにも、遠方からいろいろなお客さんが

      かもめやを訪れた。

      この間は、去年男性2人で、車にカヤックを積んで

      知床のほうを旅してきた年配男性のお客さんが、今年は1人、

      昨年の忘れ物を取りに、奥さんと立ち寄った。


      前年のブログに、「命知らずのお客」なんていうタイトルをつけて、

      2人の男性の危険な旅のことを書いた。

      知床のほうでクマに遭ったり、湖で、強風のなかカヤックに乗り、

      命からがら岸にたどりついた、とかいう話だ。

      この人は、ニューヨークの貿易センタービルのテロのときは、

      そこへいくはずだったのに、

      飛行機が遅れて、事故を免れたとか。

      「僕は運がいいんですよ」とその男性は昨年も言った。

      同じセリフを、今年も口にした。

      私は、同行の奥さんに、「こんなに危ないことをするご主人、

      心配じゃないですか?」と聞いた。

      すると、奥さんは「う〜ん、そんなに…。本人が楽しければ

      いいんじゃないかと…」

      そうか、この年代になると、夫婦もクールになるのかな、

      と私は密かに思う。

      彼女は続けて「私は、予知能力があるのかな、なんとなく

      この人は大丈夫と思えるんですよ」といった。

       

      「うちは静岡で、近くにお茶畑があるんですが、ある晩、

      飲み会があって、主人の帰りが遅くなったとき、私は寝ていたんです。

      すると、夢の中で、主人が近道をして、お茶畑の中を走っているんですが、

      誰かに追いかけられて、傷だらけになって逃げているんです。

      しばらくすると、主人が帰ってきた。そうすると、今、夢で見た

      その通りのことが起こっていたんですって。ほんとうに、傷だらけ

      になって、お茶畑の中を逃げてきたんですよ」

      ……… 淡々と語る奥さん。

      「きゃぁ〜〜」

      あくまでも奥さんは落ち着いている。

      「そうか、わかった!、ご主人の運は、奥さんがすべて

      握っているんだ。奥さんの運が、すべてご主人にいっているんですよ」

      と私は断定した。

      ご主人は、私の言葉に納得したような顔をした。

      「奥さんがいる限り、ご主人は大丈夫!」

      と、私は力強く言った。

       

      「また来ます」

      ご主人は、奥さんと手をつないで、店の前の道路を渡り、

      駐車場の車のほうへ駆けて行った。

       

      手宮線跡の駅があったところ、旧日本郵船の裏側の石塀の中に

      桐の花が咲いていた

      手宮駅の線路沿いの古い建物。早朝や夕方の散歩は格別だ

      線路脇に、天に向かって突き出た岩がある。この岩は昔、

      友達の家の庭の端にあった

      かもめやの裏の石造りの建物に、今年も新緑のツタが這い出した

       

       

       

       

       

       

      | - | 07:05 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
      季節は移ろい、人は古びる
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        季節の変わり目、北国の気温変化に体を慣らすのに難渋しているうちに、

        ゴールデンウイークを迎えた。

        体の変化。

        たとえていえば、血液が冬仕様でゆっくり流れているのが、

        春になって、本来流れがはやまらなければいけないのに、

        なかなかギア・チェンジができない、といったことだ。

        毎日ぐったりとしたまま時間が過ぎて行った。

         

        血液の流れの速さは自分の意志で変えることができず、

        思うように動かない中古の体をゆっくり動かしていた。

        このもどかしさを何とかしたいと思い、

        近くで自然治癒を進めてくれそうな場所を探した。

         

        かもめやから高島方面に向かう海岸沿いに

        ホームセンターがある。

        広い駐車場のはずれに、海に面した場所があり、

        ある晴れた日の午後、そこのベンチに座ってみた。

        小樽湾に向かうその場所は、見慣れた港を

        違う角度から見ることになるのだが、

        なかなか新鮮で美しい。

         

        目の前に、昔ここから石炭を積み込んだと思われる

        高架桟橋の後らしきものが残っている。

        古びたコンクリートの足台のようなものが2つ。

        ひたひたと打ち寄せる海水に洗われたその台に

        活気あふれた小樽の昔日の姿がしばれる。

        まだ雪が残る向かいの山並みも美しい。

        すがすがしい海の空気を吸い込んでいるうちに、

        少し体が楽になった気がした。

         

        連休が始まっても、なかなかお天気がすっきりしない。

        毎年富山から来てくれる馬好きの女性が、はやばやと来てくれた。

        共和町というところに、引退した競走馬を持っている彼女は、

        たくさんの人と共有しているという自分の馬に、

        今年も会いに行った。

        地元富山では、乗馬もしているという彼女、

        自宅では盲導犬も飼っているという。

        わがやの暴れん坊マルコの愚痴を言っていたら、

        彼女が、「こうすればいいのよ」と犬のしつけをおしえてくれた。

        目の前で騒いでいたマルコが、彼女の話を耳にしているうちに、

        だんだん静かになり、いつもは入らない小屋に、すごすごと入って行った。

        これには驚いた。

        馬と犬を制している人には、いうことを聞かない犬も、

        一瞬にしておとなしくなるんだ。

         

        宿泊のお客さんが眠っている早朝、ふと裏の手宮線跡に行ってみると、

        なんと桜が咲いていた。

        わが宿の裏の桜が咲いているのを知らずに

        うつうつとしている自分に、

        人間の狭さを知る。

         

         

         

         

        | - | 07:37 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
        古道具、断捨離
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           町なかは雪が解け、アスファルトの舗道が多くなってきた。

          しかし、坂の上の自宅や、かもめやの前には、まだまだ雪山がある。

          店の前の雪山は、さすがに低くなっているが、

          舗道から舞い上がる土ぼこりをかぶって、黒ゴマをまぶしたように見える。

          この雪山が完全に解けるまで、まだまだ時間がかかる。

          北海道の春の前の、殺風景な季節だ。

           

          冬から春に向かう季節に、自宅の引っ越しを企てている。

          坂の上から、駅の近くの実家に移ろうというのである。

          子どもの頃育った家、両親が住んでいた懐かしい場所。

          4年ほど前に父も母も亡くなり、この家が空いていた。

          いつかはどうにかしなければ、と思っていたが、

          私自身も、自分が育った場所に戻りたいと思っていた。

          まるで、鮭が故郷の川に帰るようなものである。

          そこへ移ろうと決心してから、自宅の荷物を片付け始めた。

          「断捨離」。言葉はよく知っているけど、

          実にしんどい作業だ。

          人生、長くやっていると、いつの間にか物がふえている。

          これを、ひとつひとつ、いる、いらない、に分けるというのは

          気の遠くなるような仕事だ。

          毎日、ため息をつきながら、のろのろと片づけを進め、

          少しずつ実家に運んでいた。

           

          この間、古道具屋に何回か足を運び、

          家財道具を引き取ってもらえるか、交渉もした。

          まだ使えるからといって、なんでも引き受けてくれるものではなく、

          ほとんどがダメだ。

          それでも、少しは引き取ってもらって、古道具屋をのぞくことになる。

           

          実は、私は古道具が大好きだ。

          かもめやにも、明治、大正時代の家具がいくつかあるが、

          わが家には、100年以上たっている鏡台とか茶箪笥がある。

          親戚のおばあさんからゆずり受けた鏡台の引き出しをあけてみると、

          昔の東京の新聞が入っていて、明治か大正時代の「貸し間あります」とかいう

          不動産広告を見つけた。これがおもしろくてたまらず、

          夜も寝ないで読みあさったことがある。

           

          そんなこんなで、古道具屋の湿っぽい店の奥をのぞくのは、

          なんともいえずワクワクする。

           

          かもめやの近くにも、洋風、和風の古道具屋が2軒ある。

          1軒は、年代物のタイル張りの建物で、なかなかいい味を出している。

          先日、小林多喜二の母を題材にした「母」という映画を見た。

          多喜二は小樽の出身だが、この映画の中に古道具屋が出てくる。

          看板が映った時、「あれっ、どこかで見たことがある」

          と思った。そう、このタイル張りの店の看板だった。

          本州の骨董屋には遠く及ばないが、北海道の中では、

          小樽は歴史があるほうで、古い道具類が眠っている町だ。

          骨董品を眺め、これが使われた時代を想像するのは

          なんとも懐かしく、魂が癒される。

           

          実家に少しずつ荷物を運びながら、心が疲れるのを感じた。

          それは、ここには父も母ももういないし、兄弟もいない。

          あの、貧しくもにぎやかだった子供時代の家の様子が

          ついきのうのことのように思い出され、

          言葉にならない哀しみのようなものがわき上がってくる。

           

          家に荷物を持って出入りしていると、

          隣の老夫婦が家の前に出てきた。

          あんなに元気でたくましかったご主人が、

          今は、杖をついて、やっとのことで歩いている。

           

          ふと思いついたことだが、「浦島太郎」の物語は、

          昔の人のこんな経験から生まれたのではないだろうか。

          竜宮城に行っていた間というのは、人々が若かりし頃、

          はつらつとして活動していたときのことであり…。

          人は、はっと気づくと、いつの間にか白髪のおじいさんになっていた、

          そういうことだ。

          誰にも覚えのある話だ。

           

          今、私は浜辺で玉手箱を開けて、茫然としているところである。

           

           

          タイル張りのクラシックな建物の古道具屋。歴史的建造物にも

          なっている。多喜二の映画にも出た

          タイル張りの店の向かいにある、こちらは洋風アンティークの店

          2軒の古道具屋近くにある石造りの倉庫

           

           

          | - | 16:37 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
          光の春
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            2月も終わり。

            かもめやの前には、まだ大きな雪山が2つあり、

            ラクダのこぶみたいだ。

            この山が消えるまでには、まだしばらく時間がかかる。

            北海道の長い、長〜い冬の終わり。

            それでも、朝いつものように、寒さに身を縮めながら

            外を見ると、向かいの倉の後ろに運河方面から

            朝日が昇って、空を薄赤く染めている。

            ふっと肩の緊張がゆるむ。

            ロシアでは、2月を「光の春」というらしいが、

            これがきっとそうなんだな。

            せめて光だけでも春の気配を感じたいという

            極寒の地方の人の切なる思いが、この言葉には込められている。

             

            スポーツの冬季アジア大会が北海道で開かれていたが、

            これも幕を閉じた。

            この間、いつにも増して、アジアの人々が訪れていたようだ。

            運河付近には、タイかマレーシアか、中国とはちょっと違う顔の

            人々が行き交っていた。

             

            そんなある日、「こんにちわ〜」と元気な声が聞こえ、

            若い男性がかもめやの玄関をのぞいた。

            「あら、うどんくんじゃない」

            そう、落語研究会のOBで香川県出身、警察官の「手打ち家うどん」君だ。

            「仕事で小樽に来ているんですけど…」

            椅子に腰かけるなり、マルコが彼の外套の袖のあたりに

            じゃれついて、甘噛みしている。

            「マルコ、やめなさい!」と私がしかると、

            「いえ、いいんですよ、こんなの全然大丈夫。

            うちの実家は獣医なんですよ。だから、犬やネコはいつも

            周りにいたんです」

            「え〜っ、あなたの家、獣医さんなの? うどん屋さんじゃなかったの?」

            と思わず叫ぶ私。

            そういえば、彼の実家の職業なんて、一度も聞いたことなかった。

            私が勝手に芸名のうどん屋だと、思い込んでいただけだ。

             

            「この犬、貸してください。散歩に連れて行きますから」と彼。

            「あら、仕事中に犬の散歩なんかしていいの?」と聞くと、

            「犬を連れていると、警察官だと思われないでしょう」

            なぁるほど、服も私服だし。身分を隠して、それとなくパトロールしたり、

            不審な人物をチェックしたりするんだ。

            外国人もたくさん入国してるしね。

            「いいわよ。でも、この犬、ものすごく引っ張るし、

            うんちもおしっこもするけど、その始末はできる?」

            「大丈夫です。うちでも犬を飼っていて、散歩させてましたから」

            そんな彼を頼もしく思い、犬の散歩セット、トイレの始末をする

            グッズがはいっている小さなバッグを渡した。

            「ああ、でも、これは内緒だけど、運河のふちでウンコをしたときは、

            シャベルですくって運河に捨てる時もあるの。

            そうすると、すぐに魚が食べるのよ。

            これ、究極のリサイクルだと思わない?」

            「う〜ん、なるほど。わかりました」

            「あぁ、だけど、警察官、犬のウンコを運河に捨てていた、と

            新聞に書かれるとマズイかもね」と私。

            彼は笑って「チクらないでくださいよ」といいながら、

            マルコを連れてでかけた。

            ウンコの始末を、こまめにまじめにやっていると、

            運がつくかも。

             

            別の日、私はマルコを散歩させていた。

            いつものように運河のふちの雪の上でウンコをしたから、

            雪ごとすくって、ぽ〜んと運河に放ったら、

            目の前にす〜っと運河クルーズの船が現れた。

            なんと船上の客が、一斉にこちらを見ている。

            いや〜マズイ。

            これはウンが悪かった。

             

            かもめや近くの倉庫

            春は名のみの…宿の裏、手宮線跡に積もる雪


            食料のウンが落ちてくるのを魚が待つ運河

             

             

             

             

             

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