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かもめや日記

北海道小樽市にある小さな宿「おたる北運河かもめや」のブログです
おたる北運河かもめやのホームページは http://kamomeya.main.jp
よみがえったかもめやの看板
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    かもめやは、この7月で丸13年が過ぎ、14年目に入る。

    女の細腕、短足で?よくも続いたものだと思う。

    その裏には、息子の支えがあったことが、大きな力になっているのだが。

    ま、黒子の彼なくして、この店はないと言っていいかもしれない。

    とりあえず、看板は女将のこの私だが。

     

    この看板女将もだいぶガタがきているが、店の玄関上に掛かっている

    本当の看板も、風雨にさらされ、傷んできた。

    店の掃除やガラス拭きをよくしている息子が、

    看板の傷みを気にしていた。

    「ペンキを塗り直そうか、それとも新たに作るか…」

    しばらく考えていたが、やっぱり作り直そう、と

    2人で決めた。昨年の秋の終わりのことだ。

     

    店を始めるとき、この家の持ち主である私の親友マサさんの甥、

    龍太がカナダから帰国した。

    彼はログハウスづくりや彫刻を学んできていた。

    この看板は、その彼が、新しく始める小さな宿、

    かもめやのために作ったものだ。

    一つは、青い波に、水色の空、そこにかもめが浮かんでいる木の看板、

    それに、もう一つはタイルや茶わんのかけらを張り付けた

    モザイクの看板だ。

    モザイクのほうは、13年たった今も健在。びくともしない。

    しかし、木の看板は、やはり劣化してきた。

    そこで、改めて同じものを龍太に頼んだ。

    彼は、開店後、数か月かもめやを手伝ったが、

    ログハウスづくりの仕事に取組み、彫刻家の道を

    歩み始めた。

    4年ほど前から旭川の近くの上川に移住し、木彫りの動物や

    人間のお面の素晴らしい作品を作っている。

    その彼に、また看板を頼んだのだ。

    「来年の春ごろ持ってくるよ」と言っていたのだが、

    冬の終わりからコロナで、旅行者が来なくなり、

    宿の存続も危ぶまれた。

    しかし、看板の製作はキャンセルしなかった。

    何が起ころうと、生きている限り、宿はやっているだろう

    という気持ちは変わらないからである。

     

    たくさんの大きなホテルがある小樽の中で、吹けば飛ぶような

    わが宿、かもめや。

    しかし、「一寸の虫にも五分の魂」の気持ちで

    これまでやってきた、いや、私は生きてきた。

    大きなホテルにはない小さな宿の存在理由を

    いつも心に秘めていたからだ。

    その理由を理解して、遠くからきてくれるお客さんが

    少なからずいることを実感した。そして、そんなお客さんの気持ちを

    何より大切にしてきたからである。

     

    コロナになろうと、地震がこようと、人間の気持ち、

    心のありようは変わらない。

    家業も同じだ。だから、困難があっても、人は生き続けていくように、

    自分もこの仕事をしていこうと思っている。

     

    なかなか観光客は戻らず、ひっそりとしている町に、

    龍太がやってきて、元気に看板を取り付けた。

    大工も庭師も彫刻も、なんでもできる腕のいい龍太は、

    一人で足場を組み立て、手際

    よく仕事をした。

    彼の前向きの姿勢に、私たちも力を得た。

    彼は、そのうち、日本でも有名な彫刻家になるだろう。

    いや、彼は、世界を目指しているかもしれない。

    そんな彼の力がこもった、かもめやの新しい看板が

    14年目の宿を、明るく彩っている。

     

    古い看板を取り外す

    新しくなった看板

    玄関横のモザイクの看板は、13年たってもびくともしない

    開店のときマサさんが東京から持ってきたツタが、建物を襲う

    少し前のドッグランにアカシアの花が咲き、いい匂いが漂っていた

    | - | 05:48 | comments(6) | - | - | - |
    ぼたん花
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       時折照りつける強い日射しとともに、町に流れていた不穏な空気が薄れ、

      コロナ以前の日常が、少しずつ戻ってきた。

      どれくらいかって? そうねぇ、50%ぐらいかな。

      観光の通りの店もだいぶ開き始めたが、

      人通りはまだまだ少ない。

      なにせ、外国人の姿がまったく見られないから。

      でも、今から15年ぐらい前までは、小樽の町は

      こんなものだった。

      そんなに外国人はいなかった。

      コロナのせいで、時代は少し後戻りしたかもしれない。

       

      家の中にこもっているときは、昔の記憶をたどることが

      多かった。アルバムを見て、以前の自分を懐かしむように…。

      「お〜い、そろそろ今に戻ってこ〜い」と

      だれかに起こされ、夢からさめたような気分でもある。

      この3か月ばかりの特別な時間のことを、

      引きこもりの心理に詳しい、精神科医の斎藤環氏は

      「記憶の遠近感がなかった」という。

      離人症という病態がある。自分が自分でないような感じ、

      外界の世界に現実感がなくなった、そんな感覚に似ていると。

      私達は、今まで体験したことがない、特異な時間を経験していたが、

      自然の移ろいは、人々の内的時間とは別に、

      いつもどおりに流れていた。

       

      手宮公園や線路跡の木々や草花の変化は、

      ぼんやりした自分を、今の季節に戻してくれる

      天然のチエック機能でもある。

       

      少し前だが、手宮公園のぼたんの花が満開になった。

      白、ピンク、紅、赤と、華麗にもふんわりと

      豊かな花を咲かせていた。

      近寄ると、いい匂いがする。

      花の匂いには、人工のフレグランスでは作りえない

      人の嗅覚を深く満足させるものがある。

      なにごとも、なにものも、自然のものを好むようになったのは、

      年のせいだろうか。

      それとも、年齢に逆行して、体感が鋭くなったのだろうか。

       

      人間の感覚、それはスピリチュアルな能力にもつながっているのだが 

      直感する能力は、年とともに退化するのではなく、

      限りなく進化するというのが私の持論だ。

       

      この時期、いつも通り落ち着いて過ごせたのは、

      物を作る人、手仕事をする人だったのではないかと思える。

      年に1,2度オホーツク海の枝幸からきてくれる

      編み物芸術家?コズエさんから、夏用の涼しげなバッグが

      送られてきた。

      この春ごろに小樽に来ようと思っていたのだけど、

      コロナで来られなくなった。

      「かもめやに行くとき、持って行ってあげようと思ったんだけど」

      といって。

      「ラナンキュラスという花を知っていますか。

      小さな黄色い花なんだけど、それをイメージしたの」

      その、ラナンキュラスの花の写真と、ほかの素敵な作品の

      写真も添えられていた。

      もともと物を作るのが好きだから、家にこもるのは

      何も苦痛ではないと。

      そうね、手仕事は、瞑想の「いま、ここ」の感覚に

      似ているかもしれない。

      「いま、ここ」に集中すると、

      α波が出て、雑念がなくなり、頭の中がクリーンになる。

      すると、免疫力もアップする……かどうかはわからないが、

      そんなに間違ってはいないだろう。

      料理だって、そういうところはある。

       免疫力を上げるためにも、好きな手仕事をしよう。

       

      手宮公園のぼたん

       

       

       

       

       

       

       

       

      ラナンキュラスの小さな花をイメージして作ったコズエさんの

      バッグ

       

       

       

       

       

       

       

      | - | 06:47 | comments(4) | - | - | - |
      久々の美術館、北斎のブルー
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         初夏の日差しが街にあふれ、緊急事態が少しゆるんで、

        気持ちも楽になった日、小樽の芸術村と名付けられたニトリの美術館が

        一足早く開館した。

        旧三井銀行小樽支店の重厚な石造りの建物と、拓殖銀行の建物が

        美術館になっているが、三井銀行で葛飾北斎展が開催された。

        観光の通りの店はまだまだ閉まっているところが多く、

        美術館がやっているなんて知らない人も多い。

        これはチャンス!とさっそく入ってみた。

        この建物は、小樽の昔の建築物の中でも、特に私の好きな建物だ。

        明治末から大正、昭和にかけて小樽がいかに栄えたかがわかる。

        ヒンヤリした空気の中に、大理石を使った格調高いレトロな作りの

        カウンターや商談室、地下には金庫やタイル張りの通路があり、

        どれほどお金をかけたのかがわかる。

         

        奥の小部屋のいくつかをギャラリーにしてある。

        今回は、葛飾北斎をメインに、江戸の人気絵師大集合という

        テーマで、歌川国芳、喜多川歌麿、歌川広重、東洲斎写楽といった

        江戸時代の有名な絵師の作品が集まっていた。

        北斎の代表作、富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の富士は、小さいながら

        ひときわ目を引く。

        海の深い青、波がしらの白、富士山頂の雪。

        白と藍のバリエーションは日本人の心の奥にある永遠の色だ。

        波間に見える富士山のキメのよさ、構図の妙。

        一瞬の美を、たぐいまれなる筆遣いでとらえた

        天才の感性に打たれて、固唾をのんだ。

        ここではコロナは広がらない。なぜならみんな息を吐かずに

        息をのむからだ。

         

        江戸の絵師たちの錦絵、風俗画の美しさ、粋を感じながら、

        最後の部屋の前に行った。

        ここだけ、茶色ののれんがかけてある。

        少し気後れしながら足を踏み入れると、

        なんと、江戸時代の春画が何枚も展示されている。

        「うっ、こ、これは…」

        日本広しと言えど、これほど大胆なきわどい絵を集めてある

        美術館はないだろう。

        私は目のやり場がなく、息をのまずに、大きく吐いた。

        小さな子供を連れたお父さんも来ていた。

        あの人は、子供になんと説明するのだろう。

        それは、余計なおせっかいか…。

         

        これは、もしかすると、ニトリの社長の秘蔵品かもしれない…。

        こんなことを書いて、私は妙なところで、この美術館を

        宣伝してしまったかもしれない。

        これを読んだ人が、続々ここを訪れたとしたら、

        私は、ニトリ美術館から表彰されるかもしれないな。

         

        なにはともあれ、コロナ後、初めての外出は、

        やはり息詰まる展開になった。

         

        旧三井銀行のニトリ美術館

         

         

         

         

         

         

         

         

        | - | 15:56 | comments(3) | - | - | - |
        友の声は点滴
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          日本各地で、コロナはだいぶ下火になったようだが、

          まだまだ安心はできない。

          この3か月ほど、目に見えない菌への恐怖で

          人々の心は委縮し、どうしても

          内向きになる。

          鬱になるという道行が、これほどわかりやすい

          事象はない。

           

          自分も、コロナとは別に、雪解けのころから足が痛くなり

          歩くのに苦痛を覚えるようになった。

          毎日の犬の散歩が大変になり、悲観していた。

          このままずっと治らないんじゃないかと。

          病院にいったり、サプリメントを飲んだり、

          リハビリをしたり。

          桜の時期も、私の心模様のように曇り空の日が多く、

          季節がこのまま変わらないんじゃないかとさえ思った。

          そんな日々をどうにかやり過ごしていると、

          あたたかな日差しの日がやってきた。

          犬に「引っ張ったらダメ」と言い聞かせて歩いていると、

          マルコもだんだんと私の歩調に合わせるようになった。

          犬のしつけも気長に。

          そして、体の回復も気長に、が生きる知恵だ。

           

          こんな時期、友人との電話での会話や手紙が、なによりの

          慰めになる。

          学生時代の友人とは、「口角泡を飛ばして」の長話。

          電話は、マスクをしなくていいし、唾が飛ばないのがいい。

          友の声は、何よりの薬。点滴だ。

          話題は若き日のことにまでさかのぼり、友人の下宿に

          上がりこんで、酒を飲みながら、見えない将来の話を

          したあの頃のこと。

          私の時代の酒といえば日本酒だ。ビールやワインを飲んだ

          記憶はない。スイーツを食べた記憶もない。

          そういえば、かっぱえびせんやポッキーが出始めたころ

          だったかもしれない。

          ずいぶん昔だったんだなぁと思う。

           

          その時代の友人はよく手紙をくれる。

          電話で長話をしても、また手紙が来るとうれしい。

          とっておきの絵ハガキを送ってくれる友もあり。

          美術館に行けない今、絵ハガキで小さな美術鑑賞をすることも。

          美しい便せんに流麗な文字で手紙をくれるtakarinnさんは

          超速の手紙の書き手だ。

          源氏物語の研究家である彼女と話した。

          平安時代もそうだけど、「昔は恋人同士も、

          手紙のやりとりで、相手の気持ちを想像していたのね。

          筆文字や紙にも心を配り、想像力で相手とつながる。

          返事を待つことの中で、相手の像を作り上げるということも

          あったのではないかなぁ」と。

          親しい人でも、手紙と本人の印象が違うこともある

          というのが、二人の一致した意見だった。

           

          現代のように、相手の顔もすぐに画面で見られ、話もできる。

          想像力を育てる必要がない。

          なにごともスピーディーに伝わり、待つことがない。

          便利この上ない時代だが、待つこと、想像することの中で

          生まれる何かが失われているのではないか。

           

          アナログ時代の忘れ物。

          待つことと想像することは、人間に行間を読む力を

          つけるかもしれない。

           

          過ぎてしまった桜を想う。手宮公園

           

           

          遅咲きの八重桜の濃いピンクが美しい

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          | - | 15:56 | comments(6) | - | - | - |
          逃げて隠れて…
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            3日ほど前の午後、スマホから突然警戒音が鳴り出した。

            「何だろう、地震か津波でも来るのだろうか」と思って

            一瞬、背筋が凍る思いがした。、

            スマホ画面を見たら、緊急事態宣言で、

            「札幌の皆さんは町から出ないように、札幌以外の人は、

            札幌に入らないように」との警報だった。

            若い知事は、連休にあたって、道民に厳しく警報を

            鳴らしたのだろう。

             

            日本人は、ほんとうにまじめだ。

            運河に近い観光道路には、人っ子一人いない。

            わが家は、近くに大型スーパーができたので、食料品調達に

            困ることはない。都会と違い、そんなに混んでいないからだ。

            食べることに困りはしないが、人と接触するなと言われると、

            やはり息苦しい感じがする。

            しばらく人と会わないでいると、なんだか体も弱ってくる

            ような気がする。

            人と人が会うことは、人間にとって、呼吸をするような

            ものなんだなぁと、改めて思わされた。

             

            この時期、どんな気持で過ごせばいいかと思ったとき、

            ふと思い浮かんだことがあった。

            60代ぐらいの人なら知っているだろう。

             

            終戦から28年、まだ戦争が終わったことを知らずに

            グアムのジャングルに隠れて生き延びていた、残留日本兵の

            横井庄一さんのことだ。

            現地で見つけられて日本に帰還したとき、

            「恥ずかしながら、生きながらえて帰ってまいりました」といった

            その言葉が話題になった。

            現地人に発見されると殺されると思い、地中に穴を掘り、

            その中で暮らしていたという。

            食料は野ブタやネズミ、トカゲ、牛、鹿など。

            この人は、出征する前は洋服の仕立て屋だったそうで、

            着るものは木の皮をはいであく抜きをし、機織り機を作って

            布にしたそう。その後、縫って服に仕立てたという。

            なんと、できるまでに半年もかかったとか。

            こよみがないので、年月は満月を数えて、木の幹にしるしていたそうだ。

            いつ敵に見つかるかと思い、28年間、

            熟睡したことがなかったという。

             

            そのあと、1年ぐらいして、フィリピンのルバング島から

            小野田寛郎という人も帰還した。

            なんと痛ましい人生であったか。なんと過酷な戦争であったか。

             

            なんでそのことを思い出したかというと、

            この人たちの精神力と、生きる力の強さを少しでも

            真似できないか、ということである。

             

            いま、コロナでなるべく外出をしないように、とのことで、

            人々は参っている。

            でも、よ〜く考えると、食べるものはある。

            ネズミやトカゲを食べなくてもよい。

            そして、食料品を買いに行く姿を見られたところで、

            捕まって殺されはしない。

            夜の睡眠を第三者に邪魔されることはない。

            服は、木の皮をはいで作らなくても、余るほどある。

            テレビで、世の中がどうなっているか、知ることができる。

            残留日本兵とは、なんという違いだろう。

             

            それを思ったら、今の我慢はなんでもない。

            …といったら、語弊があるか。

            文明の進化とともに、人間は弱くなっているなぁと思う。

             

            いま、この人たちの真似をするとしたら、

            家で手間のかかる食事を作るとか、手作りの何かに打ち込んで

            みるのはどうだろう。

            物を作るのに無心になっていると、ふっと心が和らぎ

            体も楽になっていることに気がつくかもしれない。

             

            ちなみに私は、その辺の草むらからフキをとってきて

            ゆでてから皮をむいて煮物にしたり、

            生きのいいホッケを買って、3枚におろし、

            骨と皮をとって細かく刻み、すりばちですって、魚のすり身を

            作る。

            これをすり身汁にしたり、ひき肉と合わせてハンバーグにしたり。

            忙しい時はなかなかできないが、手間暇かけて作ると、

            ほんとうにおいしい。

            手間暇が、何よりのごちそうだ。

            いまこそわが家で昔ながらの手作り食を。

            逃げも隠れもしないで、心ゆくまで味わって。

             

            手宮公園の水芭蕉

            公園の敷地のはずれにあるうまや神社

            ドッグランで、マルコ友達に会う

            三密になっちゃいけないなぁ

             

             

             

             

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